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ポーション作りの錬金薬師  作者: レモンティー


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第七十八話 世界中の薬師が、一つの工房に集まった

「師匠、宿が足りません!」

ルーシェは参加者名簿を抱えて叫んだ。

「研究会に来る薬師が百人を超えました!」

「賑やかでいいね」

「いいね、じゃありません! 椅子も机も足りないんです!」

薬が効かない国の問題を解決してから、各国の薬師たちが続々と町へやってきた。

魔力を使わない調合法。

古い装置の欠陥を見抜く検査法。

治療の結果を守る技術。

どれも、世界中の薬師が知りたがっていた。

工房では入りきらず、町の倉庫を借りることになった。

「ノエル、宿の割り振りをお願い!」

「分かりました。

でも、ひとつ問題が」

「何?」

「北の山国の薬師と、南の海国の薬師が、同じ部屋は嫌だと言っています」

「……研究会が始まる前から喧嘩ですか!」

初日。

倉庫には七か国の薬師が集まった。

最初の議題は、失敗記録の共有だった。

「我が国の調合法は秘伝だ」

北の山国の老薬師が腕を組んだ。

「失敗を公開すれば、薬が売れなくなる」

「他国に技術を盗まれるだけではないか」

海国の若い薬師も立ち上がった。

「そもそも、同じ薬草でも産地によって性質が違う。

記録を並べたところで何が分かる」

会場はざわついた。

ルーシェは壇上で息を吸った。

「皆さんに見せたいものがあります」

彼女は小さな薬瓶を置いた。

「私が作った失敗作です」

会場が静まった。

「患者さんを助けられませんでした。

効かなかった理由を調べるまで、何度も自分の調合を疑いました」

ルーシェは瓶を持ち上げた。

「でも、失敗を記録していたから、次の方法を考えられたんです」

老薬師が尋ねた。

「患者に知られるのが怖くないのか」

「怖いです」

ルーシェは答えた。

「でも、隠したせいで別の患者さんが同じ目に遭う方が、もっと怖いです」

ノエルが立ち上がった。

「僕は魔力が少ないから、薬師にはなれないと言われました」

彼は自分の研究記録を机に置いた。

「でも、魔力を使わない方法を探したことが、今回役に立ちました。

失敗も全部ここにあります」

老薬師は記録を受け取ったが、まだ表情を変えなかった。

「立派な話だ。

だが、わしの国では、秘伝を明かした弟子は工房を追い出される」

ルーシェは返事に詰まった。

研究者一人の勇気だけで、国の制度を変えられるわけではない。

そのとき、会場の後方から声がした。

「ならば、最初は製法ではなく、危険な反応の情報だけでも共有できませんか」

発言したのは、国境の小さな町から来た薬師だった。

「先月、うちの町で薬を飲んだ子どもが高熱を出しました。

原因が分からず、三日間、別の薬も使えなかった」

彼は震える手で記録を掲げた。

「同じ事故が、どこかで起きていたなら知りたいんです」

会場の空気が変わった。

海国の若い薬師が立ち上がった。

「……似た例があります。

海沿いで採れた薬草を乾燥させずに使ったときです」

老薬師も眉をひそめた。

「わしの国では、雪解けの季節に同じ症状が出た」

「詳しく教えてください!」

ルーシェは二人の記録を並べた。

原料の名前は同じ。

調合の手順も似ている。

しかし、水分量と保存温度が違っていた。

「もしかして、乾燥状態が違うと、反応する成分が増えるのかもしれません」

ノエルが言った。

老薬師は記録を見つめた。

「……わしらは、別の原因だと思っていた」

海国の薬師が小さく笑った。

「うちもです」

その日の午後、三人は倉庫の片隅で比較実験の計画を立て始めた。

しかし、翌朝。

「薬草がない!」

ノエルの叫び声が響いた。

共同実験に使うはずの試料箱が、棚から消えていた。

倉庫の入り口には鍵がかかっていた。

「誰かが盗んだのか?」

参加者たちの視線が、互いに向けられた。

「だから他国の薬師など信用できん!」

老薬師が怒鳴った。

ルーシェは慌てて記録帳を開いた。

「待ってください。

試料を管理していたのは誰ですか?」

「私です」

海国の薬師が青ざめて答えた。

「昨夜、箱を奥の棚に移しました。

でも、今朝はそこに……」

そのとき、倉庫の裏口からテオが顔を出した。

「それなら、乾燥室にありますよ」

「えっ?」

「湿気で駄目になるといけないから、昨日の夜、町の職人さんが移してくれたんです」

ルーシェは頭を抱えた。

「誰にも伝えてなかったんですか!」

「伝言を頼んだんですけど……」

どうやら、伝言が途中で止まっていたらしい。

盗難ではなかった。

しかし、誰もが自分の国のやり方を優先し、共通の管理表を作っていなかったことが原因だった。

ルーシェは黒板に大きく書いた。

『試料の移動は、全員が読める記録に残す』

老薬師がため息をついた。

「薬の作り方以前の問題じゃな」

「はい。

私たちも同じ失敗をしました」

ルーシェが言うと、会場に笑いが起きた。

昼休みには、町のパン屋が焼きたてのパンを届けてくれた。

「難しい話は腹を満たしてからにしろ!」

海国の薬師が香辛料を取り出した。

「これをつけると美味いぞ」

山国の老薬師が眉をしかめた。

「薬草にしか見えん」

「食べてみてください」

一口食べた老薬師は、しばらく黙った。

「……もう少しくれ」

今度こそ、皆が声を上げて笑った。

研究会は三日間続いた。

失敗記録の書き方を統一し、材料の産地や保存条件も記載することにした。

秘伝の配合を無理に公開させるのではなく、患者の安全に関わる副作用や危険な組み合わせを先に共有する。

そして、公開できない情報がある場合も、その理由を記録する。

「全部を一度に変えなくても、協力できるところはあるんですね」

ルーシェが言うと、リオンは頷いた。

「相手の事情を知らずに、正しいことを押しつけても続かないからね」

最終日の夕方。

壁には、各国の薬師が持ち寄った研究課題がびっしり貼られていた。

ルーシェは名簿の余白に書いた。

『今日、世界一の薬師が百人いた』

「ずいぶん増えたね」

リオンが覗き込む。

「師匠一人より、百人の方が心強いですから」

そのとき、倉庫の扉が開いた。

黒い外套を着た男たちが入ってくる。

先頭の男は、帝国の紋章が入った書簡を掲げた。

「この研究成果について、帝国から正式な提案がある」

会場が静まり返った。

「製造権と販売権を、我が帝国が一括管理したい」

ルーシェは眉をひそめた。

「……独占、ということですか?」

男は薄く笑った。

「そう呼んでもらって構わない」

研究会でようやく開き始めた扉の前に、今度は大きな壁が立ちはだかっていた。

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