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ポーション作りの錬金薬師  作者: レモンティー


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第七十六話 魔力を使わない薬が、世界を救った

「師匠! ノエルが来ました!」

ルーシェが地下室へ駆け込んだ。

入口に立っていたのは、まだ少年の面影を残す若い薬師だった。

大きな鞄を両手で抱え、息を切らしている。

「遅くなってすみません。

道が混んでいて」

「よく来てくれたね、ノエル」

リオンが迎えると、ノエルは深く頭を下げた。

「先生に呼んでもらえるなんて、思っていませんでした」

「今回は、君の知恵を借りたいんだ」

ノエルは地下装置を見上げた。

巨大な魔石の輪。

壁を走る導管。

一定の間隔で響く低い振動。

「……すごい。

でも、変です」

ヴァイスが眉をひそめた。

「何が変だと言うのだ」

「魔力が強い人にしか、調整できない仕組みになっています。

魔力の少ない人がいることを、考えていないみたいです」

ヴァイスは言い返しかけて、口を閉じた。

百年前の研究者たちは、魔力を使える薬師を中心に装置を設計していた。

魔力が弱い人の存在は、研究記録にほとんど出てこない。

「君は、魔力を使わない薬を作れるのか?」

ヴァイスが尋ねた。

「はい。

全部の薬ではありませんけど」

ノエルは鞄を開いた。

中には、小さな蒸留器、濾過器、温度計、正確な秤が詰まっていた。

「僕は魔力が少ないので、普通の調合法ではうまくいきません。

だから、材料の成分を取り出して、必要な量を混ぜる方法を勉強しました」

ルーシェは嬉しそうに頷いた。

「ノエル、前より道具が増えたね」

「はい。

先生たちの工房で習ったあと、自分でも改良したんです」

まずは薬の成分を検査した。

ノエルは地元の薬草を乾燥させ、一定の温度で成分を抽出した。

魔力を込める工程はない。

「普通のポーションより、効き目は弱いです」

ノエルは完成した薬液を見つめた。

「でも、魔力の反応はありません」

リオンは検査石を近づけた。

石は光らなかった。

「いいね。

これなら装置に読み取られないかもしれない」

薬師組合と医師たちが協力し、薬液の安全性と作用を慎重に確認した。

軽い症状への補助的な使用に限り、本人の同意を得て試すことになった。

最初の協力者は、手の傷がなかなか治らない大工だった。

「本当に、こんな地味な薬でいいのか?」

「強い薬がいつも正解とは限りません」

ノエルは緊張した声で答えた。

医師が必要な処置を行い、薬液を補助的に使った。

しばらくして、鐘が鳴った。

誰もが大工の手を見つめた。

傷が突然元に戻ることはなかった。

「……戻らない」

ルーシェが呟いた。

もう一度、鐘が鳴る。

それでも変化は消えなかった。

「やった!」

ノエルは思わず声を上げた。

ヴァイスは検査石を何度も確かめた。

「装置が、治療を認識していない……」

リオンはノエルの肩に手を置いた。

成功の知らせが届く一方で、ノエルは何度も首を振った。

「僕の薬は万能じゃありません。

重い病気や大きな怪我には、十分な作用がありません」

「分かっているよ」

町の薬師たちは、ノエルの道具を取り囲んで質問を重ねた。

「魔力を使わずに温度を一定にするには?」

「瓶の密閉はどう確かめる?」

「同じ成分が取れない季節は?」

ノエルは一つずつ答え、分からないことには正直に分からないと言った。

ルーシェはその姿を見て嬉しくなった。

かつて質問することさえ怖がっていた少年が、今は大勢の薬師に教えている。

「ノエル、立派になったね」

「ルーシェ先生にそう言われると、緊張します」

二人は顔を見合わせて笑った。

リオンは報告書の表題を書き直した。

『魔力を使わない補助治療の有効性と限界』

「成功したときほど、できないことも書いておこう」

ルーシェは、最初に運び込まれた旅人のことを思い出した。

彼の傷は医師の処置で安定していたが、元の仕事へ戻れるまでには時間がかかる。

新しい薬ができたからといって、すぐに元気になるわけではない。

二人が見舞いに行くと、旅人は照れくさそうに笑った。

「薬師さんたち、まだこの町にいたのか」

「はい。

今度は、薬が消えない方法を見つけたんです」

「そりゃすごい。

でも俺は、もう薬が怖くてな」

ルーシェは頷いた。

「無理に使ってほしいとは言いません。

何が分かっていて、何がまだ分からないか説明します」

旅人は話を聞いたあと、ゆっくり息を吐いた。

「……それなら、医師と相談して決められそうだ」

病室を出たノエルが呟いた。

「僕、薬を作れたことが嬉しくて、使う人の気持ちを忘れかけていました」

「私もよく忘れそうになるよ」

ルーシェは笑った。

「だから、何度でも確かめるんだと思う」

「君の方法が、役に立ったね」

「先生……!」

ノエルの目に涙が浮かんだ。

「僕、ずっと魔力が少ないことが嫌だったんです。

普通の薬師になれないって言われて」

「普通の薬師になる必要はないよ」

リオンは微笑んだ。

「君にしかできない仕事が、ここにあったんだから」

その日のうちに、調合法と検査手順が各地へ送られた。

薬師たちは魔力を使わない補助薬の作り方を学び、医師たちは治療に使える範囲を慎重に確認した。


数日後、各地から報告が届いた。

『鐘が鳴っても、薬の作用が消えない』

『軽症患者の処置が安定した』

『魔力の少ない薬師見習いが、調合に参加できた』

ルーシェは報告を読みながら笑った。

「ノエル。

あなた、世界中の薬師に新しい仕事を作ったんだよ」

「そんな、大げさです」

「大げさじゃないよ」

リオンも頷いた。

「でも、まだ終わりじゃない」

地下装置は、今も魔力をため続けていた。

ヴァイスが測定器を指した。

「貯蔵石の限界が近い。

今の方法では患者を助けられても、装置そのものは止められない」

ルーシェは巨大な輪を見上げた。

「師匠。

薬を作るだけじゃ、間に合いません」

「そうだね」

「……私に、考えがあります」

リオンが振り向く。

ルーシェの目には、もう迷いがなかった。

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