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ポーション作りの錬金薬師  作者: レモンティー


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第七十五話 百年前の薬師が残した失敗作

古い日誌の表紙には、かすれた文字が残っていた。

『疫病進行抑制装置・第一号』

ルーシェがページを開くと、細かな計算と図面がびっしり並んでいた。

「百年前の人が、こんな装置を……」

ヴァイスは静かに頷いた。

「当時、この国では疫病が広がっていた。

治療薬は足りず、医師も薬師も疲れ果てていた。

人々は、朝には元気だった家族を夜には失っていたんだ」

彼は壁に掛けられた古い絵を指した。

町の広場に並ぶ寝台。

看病する人々。

閉ざされた店。

「私の先祖は、何とか治療の時間を稼ごうとした。

病気の進行を一定時間だけ戻すことができれば、医師が駆けつけるまで命をつなげると考えた」

「それで、国中に装置を作ったんですね」

ルーシェの言葉に、ヴァイスは頷いた。

「最初は成功した。

多くの人が救われた。

だが、欠陥が見つかった」

日誌の途中に、赤い文字が書かれていた。

『治療の結果まで戻る場合がある』

ルーシェは息を呑んだ。

「最初から、分かっていたんですか?」

「途中で気づいた。

だが、その頃には装置なしでは救えない患者が大勢いた。

止めれば病気が一気に進む恐れがあった」

リオンは黙って日誌を読んでいた。

そこには、装置を止めようとして失敗した記録もあった。

魔力が逆流し、研究者が負傷した。

別の方法では、病気の進行を抑える作用まで失われた。

「……逃げずに試していたんだね」

リオンが呟いた。

ヴァイスは苦い顔をした。

「だが、解決できなかった。

先祖は最後まで、装置を止める方法を見つけられなかった」

ルーシェはページをめくった。

最後の方には、字が震えている箇所があった。

『いつか、この装置を必要としない時代が来ることを願う』

その一文を見て、ルーシェは胸が締めつけられた。

百年前の薬師も、きっと今の自分たちと同じだった。

患者を救いたくて、できることを探した。

けれど、作ったものが別の誰かを苦しめてしまった。

「師匠。

失敗したからといって、全部が間違いだったわけじゃないんですね」

「そうだね。

でも、失敗を知ったなら、次の人はそこから直さないといけない」

ヴァイスは二人を見つめた。

「君たちに直せるのか?」

「分かりません」

リオンは正直に答えた。

「でも、記録があるなら、試す方法を考えられます」

ルーシェは日誌をさらに読み進めた。

すると、最後のページの余白に小さな文字を見つけた。

『魔力を伴わない治癒反応には、装置の干渉が及ばない』

「師匠! これです!」

リオンが顔を上げた。

「魔力を使わない治療……」

ルーシェは以前の工房での出来事を思い出した。

魔力がほとんどないため、薬師になれないと言われていた少年。

だが、彼は正確な計量と記録を誰よりも大切にし、魔力に頼らない調合法を学んでいた。

「ノエルです!」

ヴァイスは古い日誌を閉じたあと、二人に自分の話をした。

連絡を送ったあと、ルーシェはノエルのことを思い出していた。

初めて工房に来た頃、彼は薬師の資格を取ることさえ諦めかけていた。

魔力が少ないという理由だけで、調合台に立つ前から断られていたのだ。

けれどリオンは、彼に秤を渡した。

「測れるものから始めよう」と言った。

その日、ノエルは初めて自分の手で薬液を作った。

「師匠、あのときノエルを断らなくて良かったですね」

「断る理由がなかったからね」

ルーシェは笑った。

何気ない一つの選択が、遠い国の命を救う道につながっていた。

「私は子どもの頃、この装置を誇りに思っていた。

国を救った発明だと教わっていたからだ」

「今は違うんですか?」

「誇りにも思う。

恥ずかしくも思う。

欠陥があると知りながら、私自身も根本から直せなかった」

ルーシェは壁の巨大な輪を見上げた。

「失敗したものを、百年間使い続けるのは怖いですね」

「それでも、装置があったから助かった人もいる。

簡単に壊せば済む話ではなかった」

ヴァイスは声を落とした。

「私は若い頃、装置を止めようとしたことがある。

だが試験区画で魔力が逆流し、助手が腕に傷を負った。

それ以来、怖くて大きな変更ができなかった」

リオンは静かに言った。

「怖いと思うのは、悪いことじゃありません。

怖さを忘れた薬師の方が危険です」

ヴァイスは顔を上げた。

「あなたは、私を臆病だと思わないのか」

「怖くても記録を残して、次の人に渡そうとしている。

それは大切な仕事ですよ」

ヴァイスは長く黙り込んだ。

やがて彼は、地下室の奥に保管していた設計図を持ってきた。

誰にも見せたことのない、初期型の装置の図面だった。

「これも持っていってくれ。

先祖が最後まで捨てなかったものだ」

ルーシェは両手で受け取った。

紙は古く、端がほつれている。

それでも図面の線は、今もはっきり残っていた。

ルーシェが叫んだ。

「ノエルなら、魔力を使わない薬を作れます!」

リオンは微笑んだ。

「そうだね。

私たちが教えたことが、今度は私たちを助けてくれるかもしれない」

ヴァイスは首を傾げた。

「魔力の少ない薬師? そんな者が、この装置を直せるのか?」

「直せるかどうかは分かりません。

でも、私たちにない方法を知っています」

ルーシェは答えた。

その日のうちに、王都へ連絡を送った。


数日後、ノエルが到着することになった。

だが、安心するには早かった。

地下装置の反応は、日ごとに強くなっていた。

ヴァイスが測定器を見て、顔を青くした。

「……まずい」

「どうしました?」

ルーシェが尋ねる。

「中央の魔力貯蔵石が、限界に近づいている。

あと数日で、装置が不安定になるかもしれない」

リオンは静かに息を吐いた。

「時間がないね」

ルーシェは日誌を閉じた。

百年前の薬師が残した失敗。

その続きを書くのは、今を生きる自分たちだった。

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