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ポーション作りの錬金薬師  作者: レモンティー


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第七十二話 世界一の薬師が、初めて治療に失敗した

期待が大きいほど、失敗の痛みも深くなる。

「王国の薬師なら、治せるんでしょう?」

診療所の廊下で、若い母親がルーシェに詰め寄った。

腕には熱にうなされた幼い娘を抱いている。

「昨日も薬を使ったんです。

熱は下がりました。

でも鐘が鳴ったら、また上がった。

お願いです。

今度こそ効く薬をください」

ルーシェは言葉に詰まった。

いつもなら、師匠が隣で落ち着いた声を掛けてくれる。

だがリオンはすでに診察室で、医師と症状を確認していた。

「必ず治せるとは、言えません」

ようやく口にした言葉は、ひどく頼りなく感じられた。

「でも、原因を調べています。

先生たちと一緒に、できることを続けます」

母親は涙をぬぐい、黙って頷いた。

その日の午後、リオンは薬師組合の調合室を借りた。

集まった薬師たちは、期待と疑いの入り混じった目で見守っている。

「世界一の薬師が、どんな秘薬を作るのか見せてもらおう」

バルドが腕を組んだ。

「特別な材料は使いませんよ」

「何だと?」

「まず、患者さんに余計な負担を掛けない薬を作ります」

リオンは材料を正確に量り、温度を確かめ、薬液の変化を細かく記録した。

ルーシェは隣で検査石を操作する。

青い光がゆっくりと瓶の底に集まった。

「調合は成功です」

「品質検査も合格。

副反応の予測値も許容範囲です」

ルーシェは胸をなで下ろした。

これなら、きっと。

医師は説明を受けた成人の負傷者に、慎重に薬を使った。

腕の裂傷がゆっくり閉じていく。

周囲から安堵の息が漏れた。

「やった……!」

ルーシェが笑いかけた直後、鐘が鳴った。

傷が開いた。

血がにじむ。

患者が苦痛に顔をしかめる。

誰も声を出せなかった。

リオンはすぐに処置を切り替えた。

「追加のポーションは使わない。

傷の保護と経過観察を優先します」

医師が頷き、看護師たちが動き出した。

治療室の慌ただしさの中で、ルーシェだけが立ち尽くしていた。

自分たちの薬が、また効かなかった。

いや、効いたのに消された。

それでも患者にとっては、同じことだ。

診療所を出たとき、バルドが声を掛けた。

「どうだ。

分かっただろう」

「ええ。

今の方法では、治せませんでした」

リオンは真っ直ぐに答えた。

「……言い訳はしないのか」

「失敗したことを隠したら、次に来る薬師も同じことを繰り返しますから」

バルドは目を伏せた。

「うちの若い薬師が、先週同じ失敗をした。

責められるのが怖くて、記録を破ろうとしていた」

「その人を責める前に、記録を残す場所を作りましょう」

リオンは失敗した薬瓶に日付を書き、組合へ預けた。

宿に戻ると、ルーシェは帳簿を開いたまま黙っていた。

「悔しい?」

リオンが尋ねた。

「……悔しいです。

師匠なら何とかできると思っていました」

「私も何とかしたかったよ」

「師匠も悔しいんですか?」

「もちろん。

目の前に困っている人がいて、助ける方法が分からないんだから」

翌朝、組合の若い薬師が宿を訪ねてきた。

夜更け、ルーシェは失敗した薬の瓶を見つめた。

透明なガラスの向こうに、昼間の患者の顔が浮かぶ。

あの人は自分たちを信じて腕を差し出した。

期待していた分だけ、傷が戻ったときの失望は大きかっただろう。

「師匠、私、明日あの人に会いに行きます」

「そうしよう。

結果だけ伝えて終わりにはしたくないからね」

リオンは薬瓶を布で包んだ。

成功した薬より、失敗した薬の方が重く感じられる夜だった。

「昨日の治療、見ていました。

先生でも失敗するんですね」

「失敗するよ。

何度でも」

リオンがあまりに普通に答えるので、青年は戸惑った。

「僕は、薬が効かなかった患者さんに怒鳴られました。

それ以来、調合台に立つのが怖くて」

「そのとき、薬の記録は残した?」

「……残しています。

でも、誰にも見せていません」

「見せてくれないかな。

患者さんの情報は守ったうえで」

青年が差し出した帳簿には、丁寧な数字が並んでいた。

失敗したときの薬の温度、成分、投与時刻。

ルーシェは読み進めるうち、ある一行に気づいた。

「ここも鐘の直後に反応が消えています」

「本当だ。

昨日の患者と同じだね」

青年は顔を上げた。

「僕の失敗にも、意味があったんですか」

「意味があるかどうかは、これから決めるんだよ」

リオンは帳簿を返した。

「君が書き残したから、私たちは比べられる。

次の患者さんを助けるために、もう一度一緒に考えよう」

青年は深く頭を下げた。

帰っていく背中は、来たときより少しだけ真っ直ぐだった。

ルーシェは師匠を見た。

「師匠、治療には失敗したのに、あの人を助けましたね」

「薬師は、薬のことだけで悩むわけじゃないからね」

リオンは椅子に腰掛けた。

「でも、悔しいからといって、効くまで薬を重ねるわけにはいかない。

患者さんは私たちの意地を満足させるためにいるんじゃない」

ルーシェは目を伏せた。

「……はい」

しばらくして、彼女は記録を読み返し始めた。

傷が閉じた時刻。

再び開いた時刻。

鐘が鳴った時刻。

「師匠、変なことに気づきました」

「何?」

「薬の種類が違っても、元に戻るまでの時間が同じなんです」

リオンが身を乗り出した。

「患者さんの体が薬を分解しているなら、種類によって違いが出るはずだね」

「はい。

でも、まるで外から同じ合図を受けているみたいで……」

ルーシェは窓の向こうの鐘楼を指した。

「鐘が合図なんじゃないですか?」

夜の鐘が鳴った。

ごおん。

その瞬間、机の上の検査石が淡く光った。

二人は顔を見合わせた。

「今の、記録した?」

「はい。

師匠、明日は鐘楼です」

ルーシェはペンを握り直した。

世界一の薬師でも治せない病気。

その答えは、薬瓶の外にあるのかもしれなかった。

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