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ポーション作りの錬金薬師  作者: レモンティー


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第七十一話 ポーションが一滴も効かない国があった

薬師たちの常識が、国境を越えた瞬間に崩れ始めていた。

旅人の傷が、目の前で開いた。

「……今、塞がりましたよね?」

ルーシェの問いに、リオンはすぐには答えなかった。

宿の食堂に運び込まれた男は、右腕を押さえてうめいている。

傷口には回復ポーション特有の青い光が残っていた。

薬は確かに作用した。

なのに、鐘の音が響いた瞬間、傷だけが元に戻ったのだ。

「清潔な布を。

出血を抑えます。

医師は呼べましたか?」

「今、使いを走らせています!」

宿の主人が答えた。

ルーシェは傷の状態を記録し、リオンの指示で必要な処置を手伝った。

薬を重ねて使おうとした旅人の仲間を、リオンが静かに止める。

「待って。原因が分からないまま追加するのは危険だよ」

「でも、この人が死んじまう!」

「だからこそ、今できる処置を続けるんです」

医師が到着した頃には、出血は落ち着き始めていた。

男の命に差し迫った危険はなさそうだったが、傷の治り方は明らかにおかしかった。

宿の主人は二人を奥の部屋へ案内した。

「最近、こんなことばかりなんです」

「薬が効かない人が増えているんですか?」

「増えているなんてもんじゃありません。

北の村から始まって、今は町中の薬屋が困ってる。

熱さましも回復薬も、使った直後は効くんです。

でも、しばらくすると元通りになる」

ルーシェは鞄から旅の帳簿を取り出した。

第一日の欄には、出発前に書いた『異常なし』の文字が残っている。

「一日目から異常だらけですね……」

「記録を始めておいて良かったね」

「師匠、そこは喜ぶところじゃありません!」

翌朝、二人は町の薬師組合を訪ねた。

建物の前には、薬瓶を抱えた人々が列を作っていた。

入口の貼り紙には『回復薬の販売を一時停止します』とある。

「薬が欲しいんだ!」

「売ってくれないなら、別の店に行くぞ!」

組合の職員は疲れ切っていた。

「売りたくても、効くと保証できないんです。

副作用だけが残る例も出ています」

組合長のバルドは、リオンの名前を聞いても表情を変えなかった。

「王国の世界一の薬師か。

大した肩書だな」

「自分で名乗った覚えはありませんけどね」

「ここでは肩書など役に立たん。

王国の高級ポーションも、うちの安い薬と同じように効かなくなる」

バルドは机に瓶を並べた。

王国製、帝国製、現地製。

いずれも正規の製品で、品質記録も残っている。

「材料の問題ではなさそうですね」

ルーシェが瓶を一つずつ調べると、成分には大きな異常がなかった。

保存状態も悪くない。

「患者さんの体質でしょうか?」

「体質が違う何十人に、同じ時期に起きるものかな」

リオンの言葉に、ルーシェは手を止めた。

午後、二人は診療所を訪ね、医師の許可を得て過去の記録を調べた。

最初の異常は山沿いの村。

その後、町、街道沿いの宿、そして首都に近い地域へと広がっていた。

「まるで、何かが移動しているみたいです」

「病気かもしれないし、環境の変化かもしれない。

決めつけずに調べよう」

帰り道、市場で子どもの泣き声が聞こえた。

転んだ少年が手のひらを擦りむいていた。

母親が小さな回復薬を塗ると、傷が淡く光り、みるみる閉じていく。

「ほら、もう大丈夫よ」

母親が微笑んだ、その瞬間だった。

その晩、ルーシェは宿の主人に、最初に薬が効かなくなった人のことを尋ねた。

市場を歩くと、薬屋の店先には「本日の販売は中止」と書かれた札が揺れていた。

店の主人は瓶を一つ手に取り、何度も光にかざしていた。

「これを売っていいのか、毎朝考えるんです。

昨日までは人を助けた薬なのに、今日は患者をがっかりさせるかもしれない」

ルーシェは答えられなかった。

売らないことにも責任がある。

売ることにも責任がある。

薬師の仕事がこんなに苦しいものだとは、旅に出る前は思っていなかった。

「山から来た木こりだったよ。

脚を折って運ばれたんだ。

薬師が薬を使って、一度は歩けるようになった。

ところが鐘が鳴ったら、また倒れちまった」

「その人は、今どうしていますか?」

「隣町の病院にいる。

薬が怖いと言って、もう使いたがらないそうだ」

ルーシェは帳簿に書き込んだ。

薬を信じられなくなった人がいる。

病気だけではなく、医療への信頼まで傷ついていた。

「師匠、私たちが作ってきた安全基準も、ここでは役に立たないんでしょうか」

「役に立つよ。少なくとも、効かなかった事実を隠さずに済む。

薬を追加していいかどうかも、判断を急がずに済む」

「でも、治せません」

「だから明日、もう一つ分かることを増やそう」

リオンは宿の灯りを消す前に、薬瓶を一列に並べた。

王国製の瓶も、現地製の瓶も、見た目には何の異常もない。

ルーシェは不思議だった。

正しく作った薬が、正しく効かない。

薬師が長年信じてきた常識が、この町では音を立てて崩れている。

それでも師匠は、失敗した薬を捨てなかった。

瓶の首に紙を結び、患者の名前ではなく、使用条件と時刻を記した。

「この一本が、次の人を救うかもしれないからね」

ルーシェは自分の記録帳にも同じ言葉を書いた。

鐘楼の鐘が鳴った。

ごおん。

少年の手のひらに、赤い傷が戻った。

「痛い!」

少年が泣き出し、母親は凍りついた。

ルーシェは駆け寄って傷を洗い、清潔な布で覆った。

リオンは鐘楼を見上げていた。

「師匠。薬が効かないんじゃありません」

「うん。効いた結果が、消えている」

その夜、ルーシェは患者の記録に時刻を書き加えた。

傷が戻った時刻。

熱が再び上がった時刻。

痛みがぶり返した時刻。

並べてみると、いくつもの数字が同じ場所に重なった。

「……全部、鐘が鳴った時間です」

リオンは窓を開けた。

町の向こうに、黒い鐘楼がそびえている。

「明日は、あそこを調べよう」

だが二人はまだ知らなかった。

鐘楼は、この国にある巨大な仕組みの、ほんの入口にすぎないことを。

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