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ポーション作りの錬金薬師  作者: レモンティー


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第六十七話 百歳の老人が、突然走り始めた

百歳の老人が、若い頃のように走りたいと言い出した。

それを聞いたルーシェは、調合台に置いていた瓶を落としかけた。

「走るって、あの、足で走ることですか?」

「ほかにどんな走り方があるんじゃ」

「いえ、そうなんですけど……」

老人はオルドと名乗った。

背は曲がっているが、握手をすると驚くほど力強い。

ベルナの町で生まれ育ち、今も小さな畑の世話をしているという。

「孫娘が結婚するんじゃよ。

あの子が小さい頃、わしと競走するのが好きでな。

結婚式の日に、もう一度だけ走ってみたいんじゃ」

老人は笑っていた。

だが、杖を握る手には細かな震えがあった。

リオンは椅子を勧め、時間をかけて話を聞いた。

「最近、転んだことはありますか?」

「二度ほど。

大したことはない」

「二度も転んだなら、大したことがあります」

「薬師は口が達者じゃな」

ルーシェが検査すると、筋力も関節の動きも年齢相応に低下していた。

無理に走れば転倒する危険が高い。

「師匠、若返りポーションは使えませんよね」

「使わないよ。

昔の失敗を忘れたわけじゃない」

リオンはかつて開発した若返り薬を思い出していた。

見た目は若返っても、体の回復力を前借りしてしまう危険な薬だった。

「でも、歩く力を維持するための補助なら考えられる。

まずは医師にも診てもらおう」

オルドは不満そうだった。

「わしは走りたいと言ったんじゃが」

「走る前に、転ばず歩けることが大事です」

「ずいぶん遠回りじゃのう」

「百年生きてきた人が、あと一か月待てないんですか?」

ルーシェがそう言うと、老人は声を上げて笑った。

「一本取られたわい」


翌日から、オルドの訓練が始まった。

医師の確認を受けたうえで、歩く距離を少しずつ増やす。

体の状態を記録し、疲れが残る日は休む。

リオンは回復を補助する薬布を試作したが、オルド本人にすぐ使うことはせず、安全性を確かめるところから始めた。

「師匠、薬より運動の記録の方が多いですね」

「薬は手助けだよ。

足を動かすのはオルドさん自身だからね」

最初の一週間、オルドは広場を一周するだけで息が上がった。

「情けない。

昔は山道を走っていたのに」

ルーシェは水を差し出した。

「昨日は途中で二回休みました。

今日は一回です」

「そんな小さな違いに意味があるのか?」

「あります。

小さな変化を見逃さないのが薬師の仕事です」

二週間目には、杖を使いながらも歩幅が安定してきた。

三週間目、オルドの孫娘エマが工房を訪れた。

「おじいちゃん、無理してないですか?」

心配そうな彼女に、オルドは胸を張った。

「結婚式には走って見せるぞ」

「走らなくていいよ!」

エマは泣きそうな顔になった。

「おじいちゃんが倒れたら、私、結婚式どころじゃなくなる」

その言葉に、老人は初めて黙り込んだ。

エマが帰ったあと、オルドは工房の窓から外を眺めていた。

「わしは、あの子を喜ばせたいだけなんじゃがな」

「きっと、もう十分喜んでいますよ」

ルーシェが答えると、老人は小さく首を振った。

「昔のわしは、あの子の自慢だった。

速く走れて、重い荷物も持てて、何でも直せた。

今は心配ばかりかけておる」

リオンはしばらく黙っていた。

「オルドさん。

孫娘さんが覚えているのは、速く走るおじいさんだけでしょうか」

「……どういう意味じゃ」

「競走してくれたことも、一緒に笑ったことも、きっと覚えていると思います」

老人は返事をしなかった。

そして結婚式の日が来た。

広場には花が飾られ、音楽が流れていた。

オルドは新しい上着を着て、杖をついて現れた。

「おじいちゃん!」

花嫁姿のエマが駆け寄る。

「今日は無理しないでね」

「分かっておる」

オルドは頷いた。

ところが、式の途中で子どもたちが広場を走り始めた。

「おじいちゃんも走って!」

小さな男の子が手を振った。

オルドは一瞬、目を輝かせた。

「よし、見ておれ!」

「オルドさん!」

ルーシェが止めるより早く、老人は杖を脇に置き、数歩駆け出した。

その足が石畳の継ぎ目に引っかかった。

「あっ!」

オルドの体が前に傾く。

リオンが支えようとしたが間に合わず、老人は膝をついた。

広場が静まり返った。

「おじいちゃん!」

エマが駆け寄った。

ルーシェはすぐに膝の傷を確認した。

幸い、擦り傷は浅かった。

骨折を疑う所見がないか医師にも確認してもらうことにした。

「だから走らないでって言ったのに!」

エマの目から涙がこぼれた。

オルドは地面に座ったまま、気まずそうに笑った。

「すまん。

百歳にもなって、子どもみたいなことをした」

「そうだよ!」

エマは老人を抱きしめた。

「私は、おじいちゃんが来てくれただけで嬉しいのに」

オルドの笑顔が消えた。

彼はゆっくり孫の背中に手を回した。

「……そうか」

その夜、音楽が再び始まった。

オルドは杖を持ち、エマの前に立った。

「一曲だけ、付き合ってくれるか」

「もちろん」

二人はゆっくり踊った。

走るよりずっと遅い動きだった。

それでもオルドは、今日一番幸せそうに笑っていた。

帰り道、ルーシェはリオンに尋ねた。

「師匠。

長生きする薬って、必要なんでしょうか」

「必要な人はいると思う。

でも、長生きすることだけが目的になったら、何かを見失うかもしれないね」

「何をですか?」

「その時間を、誰と、どう過ごすかだよ」

リオンは、オルドが孫と踊る姿を思い出した。

「百年生きた人にも、明日やりたいことがある。

私たちの仕事は、それを少しでも支えることなのかもしれない」

翌朝、工房には王都から一通の報告書が届いた。

王国全体の死亡率と平均寿命に関する最新の統計だった。

ルーシェは数字を見て、思わず声を上げた。

「師匠! これ、すごいことになっています!」

リオンが報告書を覗き込む。

そこには、王国がこれまで経験したことのない変化が記されていた。

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