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ポーション作りの錬金薬師  作者: レモンティー


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第六十二話 病気になる前に治すポーションを作った

「私が、異常なしと書きました」

ルーシェは検査票を握りしめた。

患者の名はダリオ。

町のパン屋で働く三十二歳の職人だった。

先週の定期検査では、体温も脈拍も正常。

魔力の流れにも大きな乱れはなかった。

それなのに、今朝、窯の前で突然倒れたという。

「師匠、私が見落としたんでしょうか」

「その可能性はある。

でも、今は責めるより先に患者を診よう」

二人は急いで診療所へ向かった。

ダリオは寝台に横たわり、額に汗を浮かべていた。

意識はあるものの、指先が小刻みに震えている。

「すみません、仕事を休んだら店に迷惑が……」

「今は仕事より体を休めてください」

ルーシェが言うと、男は困ったように笑った。

「昨日までは、何ともなかったんですけどね」

リオンは診察を終え、医師と相談して症状を落ち着かせる処置を行った。

急な回復薬の投与は避け、体にかかる負担を細かく確認する。

ルーシェは先週の記録と今日の数値を並べた。

「全然違います。

こんなに急に変わるなんて……」

「変わったのは本当に今朝かな」

「え?」

「先週の検査で、見つけられなかった変化があったかもしれない」

工房へ戻った二人は、過去の検査記録を机いっぱいに広げた。

最初の一時間、ルーシェは何も見つけられなかった。

体温、血流、魔力の総量。

どれも基準値の範囲に収まっている。

「やっぱり、正常だったんです」

「基準値の中にあることと、その人にとって正常なことは同じじゃないよ」

リオンはダリオの過去三か月分の記録を指した。

「この人、もともと魔力の循環が少し速いんだね。

先週は平均的な値だった」

「普通の人なら問題ない数値です」

「でも、本人にとっては急に遅くなったことになる」

ルーシェは息を呑んだ。

「数値そのものじゃなくて、変化を見る……!」

かつて王宮で、病気の少女の発作を事前に察知した診断薬があった。

あの薬は、異常の兆候を読み取るために作ったものだった。

「師匠、あの仕組みを改良できませんか」

「できるかもしれない。

でも、気をつけることがある」

「何ですか?」

「変化を全部異常と判断したら、健康な人まで病人にしてしまう」

ルーシェは顔をしかめた。

朝に体温が上がる人もいれば、運動後に脈が速くなる人もいる。

季節によって魔力の循環が変わる人もいるだろう。

「じゃあ、その人自身の普段の状態を覚える薬にします」

「いいね。

過去の記録と比べられるようにしよう」

二人は試作を始めた。

小さな検査石に前回の数値を記録し、新しい薬液がその差を読み取る。

異常が疑われるときだけ、色が変わる仕組みだ。

最初の試作品は、リオンの手に触れただけで真っ赤になった。

「師匠、重病です!」

「さっき熱いお茶を飲んだからかな」

「紛らわしいです!」

二回目は、逆にまったく反応しなかった。

ルーシェが瓶を振っても、机に置いても、薬液は澄んだままだ。

「今度は鈍感すぎます」

「薬にも性格があるみたいだね」

「笑ってる場合じゃありません!」

夜が更けるにつれ、ルーシェの目は赤くなった。

リオンは調合台から薬瓶を取り上げた。

「今日はここまで」

「あと一回だけ!」

「眠らない薬師の検査は信用できないよ」

言い返そうとしたルーシェは、自分が同じ注意を弟子たちにしていたことを思い出した。

「……分かりました。

明日、続けます」

翌朝、頭がすっきりした状態で記録を見直すと、原因はすぐに見つかった。

「基準値を固定していたから、生活の変化に反応しすぎたんです」

「じゃあ?」

「一回の数値ではなく、数日間の傾向を比べます。

急な変化だけを警告するんです」

三回目の試作品は、健康な協力者には穏やかな緑色を示した。

ダリオの過去の記録を使って試すと、検査石が黄色く光った。

「出た……!」

ルーシェは思わず立ち上がった。

ただし、黄色は病気を意味する色ではない。

詳しい診察が必要かもしれないという警告だ。

「これなら、見落としを減らせるかもしれません」

「そうだね。でも、予測が外れることもある。

薬が全部決めるわけじゃない」

二人は医師に試作品の仕組みを説明し、研究段階であることを明確にしたうえで、過去の記録との照合を続けた。


数日後、ダリオは自分の足で工房へやってきた。

「先生方、ありがとうございました」

「具合はどうですか?」

「だいぶ良くなりました。

今日は店の手伝いを少しだけ」

彼は包みを差し出した。

中には焼きたてのパンが入っていた。

「まだ無理はしないでくださいね」

「はい。

うちの女房にも同じことを言われました」

ルーシェはパンを受け取り、頭を下げた。

「私の検査で、異常を見つけられませんでした。

ごめんなさい」

ダリオは首を振った。

「それでも、先生が来てくれて助かりました。

次はもっと早く相談します」

男が帰ったあと、ルーシェは新しい検査票を作った。

以前の『異常なし』という欄を消し、代わりにこう書いた。

『今回の検査で明らかな異常は見つかりませんでした。

体調に変化があれば、検査結果に関係なく相談してください』

リオンはその一文を見て頷いた。

「いい変更だね」

「薬だけじゃなくて、伝え方も直さないといけませんから」

その夕方、中央病院から新しい知らせが届いた。

『予防医療の実験に協力する町が決定した。

至急、計画を提出されたし』

町の名前は、ベルナ。

ルーシェは地図を広げた。

「師匠、今度は町ごと健康にする仕事です!」

「大きな仕事だね」

「楽しそうに言っていますけど、失敗したら大変ですよ!」

「だから、二人でやるんだよ」

ルーシェは地図の上に手を置いた。

病気を治す薬から、病気を防ぐ仕組みへ。

小さな工房で始まった研究が、いよいよ一つの町の暮らしを変えようとしていた。

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