第五十八話 飲まないポーションの完成
試作を重ねて二十日。
工房の机には、小さな銀色の腕輪が置かれていた。
「これが新しいポーションですか?」
ルーシェが尋ねる。
「正確には、必要なときだけ微量の薬を皮膚へ届ける装置」
腕輪には交換可能な薬剤容器と、体の変化を読む検査石が組み込まれていた。
使う人が解除すれば、薬の供給は止まる。
最初の試験者は、慢性的な痛みに悩む元兵士だった。
「飲み忘れが多くて困っていたんだ」
医師の立ち会いのもと、腕輪を装着する。
検査石が緑色に光り、必要な量だけ薬が届けられた。
「……楽だな」
元兵士は驚いたように腕を動かした。
「急に眠くなることもない」
ルーシェは記録を確認した。
「師匠、成功です!」
リオンは頷いた。
「まだ長期試験が必要。でも一歩進んだね」
数日後、試験者たちは腕輪を気に入った。
唯一の不満は値段だった。
「これ、普通の人には高すぎます!」
ルーシェが帳簿を見て叫んだ。
リオンは材料表を開いた。
「じゃあ次は、安く作る研究だね」
腕輪の試験には、希望した三人の患者が参加した。
一人は薬を飲むのが苦手な少女。一人は手の震えがある職人。もう一人は以前、強い回復薬で倒れた冒険者だった。
ルーシェは三人に同じ説明をした。
「途中でやめたくなったら、いつでも外してください。外しても治療は続けられます」
最初の試験で、少女の腕輪だけが反応しなかった。
「壊れたんですか?」
「皮膚の状態が違う。薬が届く速さも変わる」
リオンは測定器を見ながら言った。
装置の設定を変えると、今度は反応が強すぎた。ルーシェはすぐに停止した。
「怖かった?」
少女は頷いた。「でも、止めてくれたから大丈夫」
その一言が、ルーシェの胸に残った。
数日後、三人それぞれに合わせた設定ができた。医師の診察と組み合わせ、慎重に試験を続ける。
職人は震える手で腕輪を外して見せた。
「これなら、仕事の途中でも自分で止められるな」
冒険者は笑った。「昔の俺なら、もっと強く効かせろって言っただろうな」
リオンは首を振る。
「強くするのは簡単だ。ちょうどよく止める方が難しい」
ルーシェは完成品の箱に、薬効より先に大きく書いた。
『本人が選び、本人が止められる』
銀色の腕輪は、光り輝く魔道具には見えなかった。
けれど三人は、自分の意思でそれを手首に巻いた。




