第五十七話 弟子が師匠に反対した日
工房に戻ると、リオンは新しい調合装置の設計を始めた。
「次は空気中の成分を使って、薬を届ける仕組みを考える」
ルーシェは図面を見て首を振った。
「待ってください。町全体に効く薬って、望んでいない人にも届きますよね?」
「濃度を調整すれば……」
「濃度だけの問題じゃありません。体質も違います」
リオンは手を止めた。
ルーシェは続けた。
「昔、師匠が教えてくれました。安全って、制御できることだって。使う人が断れない薬は、安全じゃないと思います」
工房に静けさが落ちた。
リオンは図面を見直した。
「……その通りだね」
「えっ?」
「私が間違ってた。教えてくれてありがとう」
ルーシェは驚いて椅子から立ち上がった。
「師匠が素直に認めた!?」
「失敗を隠すなって、私が教えたからね」
二人は設計を変更した。
本人が希望したときだけ作用し、いつでも止められる仕組みを目指す。
ルーシェは図面の隅に書いた。
『使わない自由も守る』
設計図を破棄した翌日、ルーシェは一人で実験室に残った。
師匠に反対したことを後悔していたわけではない。だが、自分の意見で研究が止まった責任を感じていた。
「……反対するだけなら、誰でもできる」
彼女は町全体へ薬を散布する図面の横に、新しい案を描いた。本人が腕に装着し、必要なときだけ薬が届く小さな器具。
翌朝、リオンは図面を見て目を細めた。
「俺の案より、ずっと面倒だな」
「はい。人ごとに薬の量を変えられるようにするので」
「高くなるぞ」
「安くする方法は、あとで考えます。でも、選べることは削れません」
リオンはしばらく黙り、やがて笑った。
「弟子に一本取られたな」
「勝ち負けじゃありません!」
「分かってる。俺が間違えたら止めろ。それが一緒に研究するってことだ」
二人は装置の条件を決めた。本人の同意があること。途中で止められること。異常が出たら自動停止すること。記録が残ること。
ルーシェは最後に書き加えた。
『使わない人を不利にしない』
「ここまで必要ですか?」
「必要だろ。使わない自由があっても、使わないと仕事を失うなら自由じゃない」
その言葉を聞いたリオンは、珍しく真剣な顔で頷いた。
新しい設計図の題名は『選べるポーション』。
その一枚が、次の二十日間の実験を始めさせた。




