第五十六話 薬師がいない村に、薬を作る箱を届けた
山奥の村には薬師がいなかった。
急病人が出ると、隣町まで半日かけて薬を買いに行くという。
「それじゃ間に合わないこともありますね」
ルーシェは顔を曇らせた。
リオンは持参した木箱を開いた。
中には計量器、簡易検査板、密封した材料、調合手順書が入っている。
「これは?」
「基本的な薬だけ作れる調合箱」
村の教師と助産師に使い方を教え、危険な症状は必ず医師に連絡するよう説明した。
最初の実習で、教師は緊張のあまり水を入れすぎた。
「失敗しました……」
「失敗を見つけられたなら大丈夫。やり直そう」
三度目の挑戦で、検査に合格する薬が完成した。
村人たちが拍手する。
ルーシェは笑顔になった。
「師匠、これなら薬師のいない村でも最低限の備えができます!」
「そうだね。定期点検も必要だけど」
村を出るとき、子どもが手を振った。
「薬のお姉ちゃん、また来てね!」
ルーシェは照れながら手を振り返した。
箱を置いた翌朝、村長から緊急の伝令が来た。
『調合箱の薬が濁った。どうすればいい』
ルーシェは顔を青くした。「私たちの説明が足りなかったんです」
二人が村へ戻ると、管理係の女性が頭を下げた。
「寒い夜だったので、箱を暖炉のそばへ移しました」
薬材が温まりすぎ、抽出条件が変わっていたのだ。
「使わずに連絡してくれて、ありがとうございます」
ルーシェが言うと、女性は驚いた。
「叱られると思っていたのに」
「危険に気づいて止めたのは、正しい判断です」
リオンは箱の設計を見直した。温度が範囲を外れると調合を止める仕組みを付け、薬材の保管場所を絵で示した。
さらに、村の二人が互いに確認してから薬を渡すことにした。重い病気は箱で治そうとせず、医師を呼ぶ手順も決めた。
数日後、村の少年が転んで膝を擦りむいた。
管理係の女性は手順書を開き、傷を洗い、必要な処置を確認した。
「おばちゃん、薬師になったの?」
少年が尋ねる。
「いいや。でも、何をしたら危ないかは少し分かるようになったよ」
その言葉に、ルーシェは笑った。
帰りの馬車でリオンが言う。
「箱を届けただけじゃ、人は救えないんだな」
「はい。使う人が安心して止められることまで、届けないと」
ルーシェは村の管理簿に、最初の失敗例を丁寧に書き残した。




