第四十九話 失敗の記憶を消したい少女
記憶補助薬の噂を聞き、一人の少女が工房を訪れた。
「嫌な思い出を消す薬はありますか?」
ルーシェは答えに迷った。
少女は事故で友人を失い、その日の光景が忘れられないという。
リオンは静かに話を聞いた。
「記憶を消すことはできても、何が起きたか分からなくなる危険がある」
「じゃあ、ずっと苦しいままですか?」
「苦しさを和らげる手伝いはできる。話を聞いてくれる人も一緒に探そう」
リオンは眠りを妨げる強い緊張を和らげる薬を、医師と相談して少量だけ用意した。
記憶を奪う薬は作らなかった。
ルーシェは少女に温かいお茶を出し、長い時間、隣に座った。
帰り際、少女は小さく言った。
「忘れなくても、いつか笑えるようになりますか」
「なれるように、一緒に考えていこう」
ルーシェが答えた。
少女が帰った後、リオンは弟子を見た。
「今日は薬をほとんど使わなかったね」
「……はい」
「それでも、いい仕事だった」
少女は帰る間際、工房の扉の前で立ち止まった。
「私、あの子を助けられなかったんです」
「うん」
ルーシェは急いで慰める言葉を探さなかった。
「最後に、ひどいことも言いました。だから忘れたい」
少女の手には、友人とお揃いの紐飾りが握られていた。
「忘れたら、謝れなくなる気がする。でも覚えているのもつらい」
リオンは薬瓶を棚に戻した。
「俺は記憶を消す薬を作れるかもしれない。でも、消したあとに何を失うか、今は分からない。だから勧められない」
「じゃあ、どうしたら……」
「今日は一人で帰らない方法を考えよう」
ルーシェは少女が信頼する叔母へ連絡を取り、医師の診察につなげた。少女が希望したので、叔母が来るまで隣で待った。
数日後、少女は小さな封筒を持って戻ってきた。
「手紙を書きました。渡せないけど、あの子に言いたかったことを」
ルーシェは封筒を受け取らず、少女の手に戻した。
「大切なものだから、あなたが持っていて」
少女は頷いた。「今日は、少し眠れました」
大きな奇跡は起きなかった。悲しみも消えなかった。
それでも少女は、自分で次の日を迎える方法を一つ見つけた。
「師匠、薬を作らない日も、薬師の仕事なんですね」
リオンは静かに答えた。
「薬が必要な日もある。必要じゃない日もある。俺たちが決めつけちゃいけない」




