第四十八話 記憶を保存するポーション
年老いた薬師が工房を訪れた。
「最近、薬の配合を忘れるようになりましてな」
彼は五十年かけて集めた調合知識を失うことを恐れていた。
リオンは話を聞き、記憶を取り出すのではなく、思い出すきっかけを保存する薬を考えた。
「記憶そのものを瓶に入れるんですか?」
「全部は無理。匂いや感覚を結びつける」
薬師が長年使ってきた薬草の香りを調合し、小瓶に封じる。
老人が匂いを嗅ぐと、忘れていた配合を口にした。
「そうだ、あのときは月光草を二枚……!」
ルーシェは驚いた。
「思い出した!」
「完全じゃない。記録と組み合わせよう」
二人は老人の知識を一冊の本にまとめた。
別れ際、老人は言った。
「これで弟子に残せる。ありがとう」
その夜、ルーシェは自分のために一本の小瓶を作った。
「何を保存したの?」
リオンが尋ねる。
「初めてポーションを作れた日の匂いです」
リオンは少しだけ笑った。
「それはいい記録だね」
老薬師は、調合台の前で一つだけ言葉に詰まった。
「この香りの薬草は……何と言ったかな」
ルーシェが答えかけると、リオンはそっと手で制した。
「少し待とう。本人が思い出すための時間だ」
老人は目を閉じ、薬草を指で揉んだ。
「雨の日に摘んだ。師匠に叱られた……ああ、月露草だ」
その顔に、少年のような笑みが浮かんだ。
記憶補助薬は、思い出を瓶に閉じ込めるものではない。香りや音を手がかりに、本人の記憶を引き出す助けをするものだった。
しかし試作した薬を使うと、老人は別の日の記憶を混同した。
「この配合は十年前に完成したはずだ」
実際には三十年前の未完成品だった。
「記憶が鮮明でも、正しいとは限らない」
リオンは記録帳を閉じた。「俺たちが保証できるのは、思い出す手助けまでだ」
ルーシェは老人の昔の帳面と照らし合わせ、確かめられた配合だけを写した。分からない部分には、無理に答えを書かなかった。
数日後、老人は弟子たちを連れて戻ってきた。
「私の記憶が全部なくなる前に、教えておきたいことがある」
若い薬師たちは椅子を並べ、老人の話に耳を傾けた。
ルーシェは瓶を見つめた。
「保存するのは記憶そのものじゃなくて、誰かに渡せる知恵なんですね」
「そうだ。薬師が一人で抱えたままの知識は、その人と一緒に消えてしまう」
老人が最初に教えたのは、失敗した薬草茶の話だった。




