第四十五話 失敗したポーションだけを集める研究会
薬師組合の会議室に、壊れた薬瓶が山のように積まれた。
「……これは何ですか?」
ルーシェが聞く。
「失敗作」
リオンは嬉しそうだった。
「成功例より役に立つことがある」
集まった薬師たちは戸惑った。
普通、失敗は隠すものだ。
店の信用を失うからである。
リオンは一つの瓶を掲げた。
「この薬は傷を治せなかった。でも、なぜ効かなかったか分かれば次の患者を守れる」
年配の薬師が恐る恐る手を上げた。
「私の店でも、去年似た失敗が……」
一人が話し始めると、次々に事例が集まった。
気温で変色する薬、飲み合わせが悪い薬、特定の体質にだけ効かない薬。
ルーシェは記録係になり、昼食を忘れて書き続けた。
「師匠、これだけ失敗があったら本が作れます!」
「作ろうか」
「え?」
「誰でも読める失敗事例集」
数日後、最初の冊子が完成した。
題名は『ポーションでやってはいけない百のこと』。
発売初日、冒険者たちは笑いながら買っていった。
翌週、薬師組合から報告が届く。
調合事故が目に見えて減り始めていた。
冊子が評判になると、別の問題が起きた。
「うちの失敗が載っている!」
若い薬師が研究会へ怒鳴り込んできた。冊子に書かれた症状から、店が特定されたという。
ルーシェは言葉を失った。事故を減らしたい一心で、情報を載せすぎたのだ。
「すみません。店名は伏せたつもりでした」
「客が来なくなった。失敗を話した俺が馬鹿だった!」
リオンは冊子を閉じた。
「俺たちの失敗だ。まず回収しよう」
「でも、せっかく作ったのに……」
「公開するのは勇気がいる。その勇気を裏切ったら、次から誰も話さなくなる」
研究会は事例を匿名化し、場所や時期も特定されない形に改めた。重い事故だけは組合の安全担当に詳細を届ける。公開版と調査版を分けることにした。
さらに、薬師が自分の失敗を提出しても、直ちに処罰されない相談窓口を設けた。ただし隠蔽や故意の違反は別だ。
次の会合で、あの若い薬師が小さな瓶を持ってきた。
「……また失敗した。今度は誰かが同じことをする前に教えたい」
ルーシェは頭を下げた。
「ありがとうございます。公開前に、必ず確認してもらいます」
年配の薬師が笑った。
「成功談なら酒場で聞ける。失敗談を聞ける場所は、ここだけだな」
棚の瓶は、先週より増えていた。
だがルーシェには、初めてそれが希望の数に見えた。




