第四十話 王宮の地下に、誰も病気にならない部屋があった
王宮から正式な調査許可を得るまで、三日かかった。
「王様に直接お願いした方が早かったですね」
「毎回それをやると嫌われるよ」
「師匠が言いますか?」
地下研究室の扉を開けると、室内は異様に清潔だった。
植物は枯れず、置かれた果物も腐らない。
「保存魔法ですか?」
「違う。劣化を外へ押し出してる」
壁の配管を調べると、王都の排水路につながっていた。
「この部屋を守るために、外の人が負担を受けていた……」
ルーシェは唇を噛んだ。
リオンは装置を停止しようとして手を止める。
「今すぐ止めると、溜まった負担が一気に戻る」
「じゃあどうするんですか?」
「少しずつ、誰にも害が出ない形に分解する」
二人は夜通し調整薬を作った。朝になる頃、地図の赤い点が一つずつ薄れていく。
最後の点が消えたとき、ルーシェは椅子に座り込んだ。
「終わりました……?」
「この装置についてはね」
リオンが配管の底から取り出したのは、まだ温かい新しい薬瓶だった。
十年前の装置は、つい最近まで誰かに使われていた。
王宮地下へ降りる階段には、途中から苔が生えていなかった。
湿気はある。
水も流れている。
それなのに、生き物の気配だけが消えている。
「師匠。おかしくありませんか」
「ああ。清潔すぎる」
調査に同行した衛兵が扉を開けると、冷たい空気が流れ出した。
棚の果実は切り口まで瑞々しい。枯れたはずの花も、昨日摘んだように立っていた。
ルーシェは感心しかけ、床に落ちた虫を見て息を呑んだ。
虫は乾いた殻のようになっていた。
「この部屋は、腐らないんじゃない。腐るための変化を外へ追い出しているんですね」
リオンは配管を調べた。外へ向かう流れには、王都の排水路へ続く細い枝管が何本もある。
「十年前の仕組みがまだ生きてる。止め方を間違えれば、蓄積した負担が一気に戻る」
衛兵が慌ててレバーへ手を伸ばした。
「今すぐ止めるべきでは?」
「触るな!」
リオンの声が地下に響いた。普段は穏やかな彼女が声を荒らげたことで、全員が凍りついた。
ルーシェは圧力計を読んだ。針が少しずつ上がっている。
「師匠、装置が反応しています。私たちが扉を開けたせいで流れが変わったのかも」
「まず外への枝管を確認する。どれも閉め切るな。逃げ道を失えば逆流する」
二人は検査薬を少量ずつ流し、各管の反応を調べた。赤く染まった管が三本。リオンは中和剤を調合し、一本ずつ濃度を下げる。
途中、警告石が甲高い音を立てた。ルーシェの手が止まる。
「圧力が上がっています!」
「焦るな。数字を読め。俺の声じゃなくて計器を信じろ」
「……七、八、九。上昇が止まりました!」
数時間後、王都の地図に浮かんでいた赤い点が少しずつ薄くなった。全てが消えたとき、ルーシェは壁にもたれた。
「終わったんですね」
「この装置の負担は減らせた。でも被害を受けた人の治療はこれからだ」
リオンは床の奥に、埃のない足跡を見つけた。
古い設備のはずなのに、新しい薬瓶が温かい。
「……十年前の過ちを、今も利用している奴がいる」
ルーシェは瓶を見つめた。装置が止まっても、事件は終わっていなかった。




