第三十六話 調査をやめろと言われたので、公開実験を始めた
「調査中止命令ですよ!」
ルーシェが封書を振り回す。
「王宮からです! 王宮!」
リオンは封書の裏を見た。
「王命じゃない。研究所の一部門の印だね」
「細かいところまで見ないでください!」
「細かいところが大事なんだよ」
リオンは工房の前に机を並べた。
老人と同じ症状を持つ人を募り、希望者には公開で検査を行うことにした。検査結果は本人の許可なく公表しない。
それが最初の条件だった。
午前中だけで七人が現れた。
元兵士、踊り子、商人、宮廷楽師。職業は違っても、十年前に同じ薬を飲んでいた。
「当時は夢の薬と言われていた」
元兵士が苦笑する。
「今は階段を上るだけで息が切れる」
ルーシェは検査結果を並べ、共通点に気づいた。
「師匠。全員、体内に同じ反応が残っています」
「よく見つけたね」
「これ、薬じゃなくて……薬の作り方そのものに問題がある?」
リオンは笑った。
「正解。誰が作っても同じ失敗をする設計だ」
夕方、王宮の役人が現れた。
「公開実験を中止しろ」
リオンは七人の検査記録を示した。
「止める理由を説明して。患者に聞こえるように」
役人は答えられなかった。翌朝、王都の新聞に大きな見出しが載った。
『十年前の奇跡の薬、被害者続出』
翌朝、工房の前には二十人以上が集まっていた。
検査を求める人だけではない。研究所の制服を着た監視員、新聞記者、そして顔を隠した患者の家族もいる。
ルーシェは受付に立ち、声を張った。
「名前は公開しません。検査は希望者だけです。途中でやめても不利益はありません!」
「そんな条件では結果を信用できん」
監視員の一人が言った。「王宮研究所の許可のない実験は違法だ」
リオンは机から顔を上げた。
「治療じゃなく検査だ。
しかも本人が同意している。どの規則に反する?」
男は条文を答えられなかった。
昼前、検査用の試薬が一斉に濁った。
ルーシェが顔を上げる。
「師匠、朝は透明でした!」
リオンは蓋の縁を見た。わずかな白い粉が付着している。
「誰かが混ぜたな」
周囲がざわめく。検査結果が不正確だと宣伝するための妨害かもしれない。
「全部捨てますか?」
「捨てる前に、何が入っていたか記録しろ。次の妨害を防ぐ材料になる」
二人は予備の試薬を持ち出し、薬師組合から呼んだ第三者の立ち会いで検査を再開した。患者の名前は伏せ、検査手順だけを誰でも見られる場所に掲示した。
元兵士は上着を脱ぎ、腕の古い傷を見せた。
「俺は命令に従って薬を飲んだ。
今度は、誰の命令で苦しんでいるのか知りたい」
ルーシェは目を逸らさず記録した。
夕方、役人が撤収を命じた。リオンは七人の同意書と、立会人が署名した検査票を差し出す。
「俺たちは病人を隠さない。隠したいなら、理由を文書で残してくれ」
役人は封書を置いて帰った。
そこには正式な禁止理由ではなく、研究所の名誉を損なうという文言しかなかった。
夜、ルーシェは震える手で窓を閉めた。
「怖かったです。工房が潰されるかと」
「俺も怖い」
「師匠も?」
「ああ。だから、記録を残す。俺一人が黙らされても、事実が消えないように」
翌朝の新聞には、検査結果だけでなく妨害の経緯まで載っていた。




