第三十四話 飲んだ人に合わせて変わるポーション
翌朝、ルーシェは五十人分の予約票を見て固まった。
「師匠。私の腕はまだまだ未熟です。」
リオンは昨日の過剰発毛事故の記録を広げた。
同じ薬でも効き方は人によって違う。
そこで考えたのが、飲んだ人の体温や魔力の流れを読み取り、効き目を自動調整する薬だった。
「つまり、薬が患者を診察するんですか?」
「そういうこと」
試作品を一滴、培養皿に落とす。薬液は青から緑へ変わった。
ルーシェが手を近づけると黄色になった。
「色が変わった!」
「体質の違いを検出してる。まだ治療はできないけどね」
二人が喜んでいると、受付にいた商人が叫んだ。
「先生! 昨日の薬、うちの父には効きませんでした!」
老人は静かに帽子を脱いだ。頭皮には変化がない。
リオンは新しい薬を一滴垂らす。薬液は真っ黒になった。
「これは……」
「毛根が眠ってるんじゃない。別の薬に抑えられてる」
老人は顔を曇らせた。
「十年前、王都の有名な薬師から若返り薬を買ったんです」
リオンは記録帳を閉じた。
「ルーシェ。予約は一度止めよう」
「ええっ、五十人もいるのに?」
「もっと大事な仕事ができた。薬が効かない理由を調べる」
その夜、老人の持参した古い瓶の底から、王宮の研究所で使われる封印印が見つかった。
リオンは培養皿を三枚並べた。一枚目には健康な皮膚の検体、二枚目には慢性的な炎症を起こした検体、三枚目には薬剤への反応が弱い検体。
「まずは同じ量を入れる。何が起きるか予想してみろ」
「健康なものは普通に反応して、炎症のあるものは……強く反応するでしょうか」
「予想は記録しておけ。結果と違っても消すな」
ルーシェが滴下すると、一枚目は薄い緑、二枚目は激しく泡立ち、三枚目は色が変わらなかった。
「二枚目は危険です!」
「そうだ。反応が強いことと、治療が成功することは違う」
リオンは薬液を中和し、計量器に小さな印を付けた。
「体温、魔力、過去に飲んだ薬。患者の条件は毎日変わる。自動調整と言っても、万能にはできない」
二人は試作品を四種類に分け、投与前の確認項目を増やした。体温が高いときは濃度を下げる。魔力が不安定なときは薬効を停止する。未知の反応を検出したら、色が黒くなり投与を禁止する。
「黒は失敗の色ですか?」
「違う。止まれた証拠だ」
午後、商人に付き添われた老人がやってきた。帽子を脱ぐ指が震えている。
「息子に頼まれて来たんです。もう歳だから仕方ないと思っていたんですが」
ルーシェは検査票を一つずつ埋めた。皮膚の状態、眠りの質、以前使った薬。若返り薬の話になった瞬間、老人の視線が落ちた。
「十年前は、夢のようでした。朝起きても疲れず、鏡を見るのが楽しみで」
「その後は?」
「数年前から、少しずつ。手の傷が治らない。階段がつらい。医者には歳のせいだと言われました」
新薬の検査液は黒く染まった。ルーシェは手を止めた。
「この方には投与できません」
「よく言った」とリオンは答えた。「五十人の予約より、この一人を見逃さない方が大事だ」
老人は肩を落としたが、リオンは椅子を引き寄せた。
「薬が効かない理由は調べられる。俺はそこから始めたい」
ルーシェは予約者全員に事情を説明する手紙を書いた。苦情が来るのは分かっていた。それでも、検査を飛ばして瓶を渡すことはもうできなかった。




