第二十話:毒の主は誰か
翌朝。
リオンは黒く変色した瓶を机に置いた。
「反応、はっきり出てるね」
ルーシェが覗き込む。
「これって……普通じゃないですよね」
「普通じゃない」
リオンは即答する。
「問題は“何に反応したか”」
瓶の底に、わずかな沈殿物。
それを細い器具で掬い取る。
「……これは」
「分かるんですか?」
「似てる」
リオンの目が細まる。
「調合室で見た“同系統の毒”に」
ルーシェの背筋が凍る。
「じゃあ……やっぱり……」
「同一人物、もしくは同じ思想のやつ」
リオンはそう言い切った。
――――
その頃。
王宮の奥。
誰も近づかない区画。
「……気づいたか」
低い声。
影の中に、一人の人物。
顔は見えない。
だが、その手には――
小さな瓶。
中には、淡い灰色の液体。
「やはり“安全型”か」
わずかに笑う。
「面白い」
その視線は、遠く――
リオンのいる方向へ。
「壊すのではなく、均す毒」
「……対極だな」
瓶を軽く振る。
「ならば――」
「こちらも、段階を上げるか」
液体が、わずかに濃くなる。
――――
再び調合室。
リオンは新しい試薬を準備していた。
「昨日の反応を元に、“逆算”する」
「逆算……?」
「どう混ざってるか分かれば、分解できる」
ルーシェは頷く。
「つまり……元を辿るってことですね」
「そう」
リオンは液体を混ぜる。
だが――
ピシッ。
「……え?」
ガラスにヒビ。
「ちょ、ちょっと!?」
次の瞬間。
パキン、と小さく割れる。
中の液体が、じゅっと音を立てる。
リオンは即座に距離を取る。
「……反応が強い」
「昨日より……?」
「濃度が上がってる」
静かな声。
ルーシェの顔が強張る。
「まさか……」
「向こうも動いたね」
リオンは冷静だった。
「“対抗してきた”」
――――
その時。
扉が勢いよく開く。
「失礼します!」
昨日の衛兵。
息が荒い。
「市街地で倒れる者が急増しています!」
「症状も悪化……!」
「一部は意識障害も……!」
ルーシェが息を呑む。
「そんな……急に……」
リオンは短く言う。
「加速したな」
「原因は!?」
「同じ毒。ただし強化版」
衛兵は焦る。
「対処は可能なのですか!?」
「できる」
迷いなく。
「でも時間がいる」
「それまでに広がる」
短い沈黙。
リオンは、ふっと息を吐いた。
「……仕方ない」
顔を上げる。
その目は、決まっていた。
「こっちも“段階”を上げる」
「え?」
ルーシェが振り向く。
「今までは“安全優先”でやってた」
「でも、それだけじゃ追いつかない」
「だから――」
机の奥から、一本の瓶を取り出す。
透明。
だが中で、何かが揺れている。
「これは?」
「環境制御用ポーション・試作型」
「……そんなのまで……」
「準備はしてる」
リオンは小さく笑う。
「“安全に勝つ”ための切り札」
――――
王都の空。
見えない毒が広がる。
そしてその中で――
二つの思想がぶつかる。
壊す毒。
均す薬。
静かな戦いは、終わった。
ここからは――
“領域戦”。
王都そのものを舞台にした、
錬金薬の戦争が始まる。




