第十九話:見えない犯人
広間の空気は張り詰めたままだった。
「環境ごと変える、か」
王はゆっくりと玉座に腰を下ろす。
「大きく出たな」
「小さい対処じゃ意味がないからね」
リオンは淡々と返す。
「これは“個人の病気”じゃない。“街の状態”だ」
「……」
王はしばらく黙り、やがて言った。
「よかろう。好きに調べろ」
「ただし――」
視線が鋭くなる。
「無能と判断した場合は即刻追放だ」
「構わない」
即答。
ルーシェは内心ヒヤヒヤしていた。
(この人本当に怖い物知らず……)
――――
調査はすぐに始まった。
王宮内の一室。
仮の調合室として用意された場所。
「まずは“濃度の確認”」
リオンは小瓶を並べる。
透明な液体。
それを空気に晒す。
数秒後――
「……変色した」
薄く、紫色に。
ルーシェが息を呑む。
「これって……」
「空気中に反応物質がある証拠」
「つまり、常に吸ってる」
「そんな……」
リオンは次に別の試薬を使う。
今度は――反応しない。
「……単一じゃないね」
「え?」
「複数の要素が混ざってる」
「だから特定されない」
リオンは腕を組む。
「しかもどれも“弱い”」
「単体じゃ毒として成立しないレベル」
「でも、重なると効く」
ルーシェは震えた。
「そんなの……どうやって……」
「意図的にやってる」
即答。
「自然発生じゃこうはならない」
その時。
扉がノックされる。
「入れ」
衛兵が一人、入ってきた。
「失礼します。報告です」
「ここ数日、城内の侍女が数名、倒れています」
「症状は軽度ですが、共通して“倦怠感”と“集中力低下”」
「……やっぱりね」
リオンは頷く。
「症状が軽いから見逃されてる」
「でも確実に効いてる」
衛兵は戸惑う。
「原因は分かるのですか」
「まだ断定はできない」
「でも――」
リオンは小瓶を掲げる。
「“空気が汚染されてる”のは確定」
その言葉に、衛兵の顔色が変わる。
「な……」
「そんな馬鹿な……」
「馬鹿じゃないから起きてる」
冷静な声。
――――
衛兵が去った後。
ルーシェが小さく言う。
「……誰がやってるんでしょう」
「分からない」
リオンは即答。
「でも、“内部”の可能性が高い」
「え?」
「外からこんな精密な調整は無理」
「王都の構造を理解してるやつ」
「流れも、風も、人の動きも」
「……」
ルーシェは言葉を失う。
つまり――
「王宮の中にいるってことですか……?」
「少なくとも“関わってる”」
静かな断言。
――――
その夜。
リオンは一人、廊下を歩いていた。
足音は静か。
灯りも少ない。
「……濃いな」
夜の方が、わずかに強い。
(時間帯で変動してる)
(意図的だな)
角を曲がった瞬間――
気配。
「……誰」
リオンが止まる。
沈黙。
だが確かに、“何か”がいた。
次の瞬間。
風が揺れる。
――消えた。
「……逃げたか」
リオンは追わない。
代わりに、床に小さな瓶を置く。
「これで分かる」
微細な反応液。
通れば、痕跡が残る。
「見えないなら、見えるようにする」
それがリオンのやり方。
――――
翌朝。
瓶は――
わずかに黒く変色していた。
「……来たね」
リオンはそれを手に取る。
「しかも、かなり近くまで」
ルーシェが青ざめる。
「それって……」
「うん」
リオンは静かに言った。
「敵はもう、“こっちを認識してる”」
王都の毒。
見えない犯人。
そして――接触。
静かだった戦いは、確実に一段階進んだ。
次は――
追う側か、追われる側か。
境界は、もう曖昧になっていた。




