第十一話:助手の初仕事
朝。
工房の扉が、勢いよく開いた。
「リオン!いるか!?」
荒い声。
振り向くと、リオンと顔見知りの鎧姿の男が立っていた。
「いるけど」
リオンは手を止めずに答える。
「何かあった?」
「解毒だ!」
即答だった。
「仲間がやられた!普通の解毒薬じゃ追いつかねえ!」
リオンは一瞬だけ手を止めた。
「種類は?」
「わからん!だが、じわじわ弱ってる!」
「……進行型か」
小さく呟く。
そして、立ち上がる。
「場所は?」
「冒険者ギルドだ!」
その言葉に、ルーシェが反応した。
「ギルド……」
「行くよ」
リオンはすぐに棚から数本の瓶を取り出す。
迷いがない。
「助手、ついてきて」
一瞬の間。
「……はい!」
ルーシェの返事は、昨日よりもはっきりしていた。
冒険者ギルド。
昼前だというのに、内部は騒がしかった。
怒号。
足音。
焦り。
その中心に、人だかりができている。
「どけ!」
鎧の男が道を開ける。
その先に――
倒れている男。
顔色は悪く、呼吸も浅い。
「遅いぞ……」
誰かが呟く。
その視線が、リオンに集まる。
「……誰だ、あいつ」
「医者か?」
「いや、見たことねえ」
ざわめき。
リオンは気にしない。
「触るよ」
短く言って、患者の手首に触れる。
脈。
体温。
呼吸。
数秒。
「……三種混合」
小さく呟く。
「遅効性神経毒、微量の血液阻害、それと――」
少しだけ眉をひそめる。
「弱い麻痺毒」
周囲が静まる。
「わかるのか……?」
「だいたいね」
リオンは立ち上がる。
そして――
「助手」
ルーシェを見る。
一瞬、空気が止まる。
「はい!」
ルーシェが一歩前に出る。
「手順、覚えてる?」
「……はい」
わずかに緊張した声。
だが、逃げない。
「じゃあやって」
周囲がざわつく。
「は?」
「助手にやらせるのか?」
「正気か?」
リオンは気にしない。
「私が見てる 教えたとおりにやって」
それだけ。
ルーシェは深く息を吸う。
そして――動いた。
「まず、進行を抑えます」
手が、少しだけ震える。
だが止まらない。
瓶を取り、慎重に開ける。
「安全型、希釈三倍……」
量を測る。
注ぐ。
患者の口へ。
「ゆっくり飲ませてください」
近くの冒険者が手伝う。
数秒。
変化は――すぐには出ない。
ざわめきが広がる。
「……効いてんのか?」
「遅すぎるだろ」
ルーシェの手が、一瞬だけ止まりそうになる。
その時――
「続けて」
後ろから、リオンの声。
落ち着いた声。
それだけで、手が動く。
「次に、血流の安定化……」
二本目。
三本目。
順番通りに。
丁寧に。
確実に。
――やがて。
「……あれ?」
誰かが呟く。
患者の呼吸が、わずかに整う。
顔色が、ほんの少し戻る。
「おい……戻ってきてるぞ」
ざわめきが変わる。
疑いから、驚きへ。
ルーシェは最後の工程に入る。
「……調整」
小さく呟く。
微量。
ほんの少しだけ加える。
そして――手を離す。
沈黙。
数秒。
十秒。
「……っ、はぁ……!」
患者が、大きく息を吸った。
空気が一気に動く。
「戻った!」
「助かったのか!?」
「おい!目開けろ!」
騒ぎが爆発する。
ルーシェは、その場で固まっていた。
「……成功」
後ろから、リオンの声。
それだけで――
張り詰めていたものが、ほどけた。
「……できました」
小さな声。
だが確かな実感。
リオンは軽く頷く。
「うん、上出来」
その一言に、ルーシェは少しだけ笑った。
周囲の視線が変わっていた。
「……なんだ今の」
「見たか?」
「一気に消してねえのに……治した?」
ざわめきの中心で、リオンは肩をすくめる。
「だから言ったでしょ」
「安全にやれば、ちゃんと助かるって」
誰かが呟く。
「……なんだよそれ」
理解できない、という顔。
リオンは軽く笑った。
「普通じゃないやり方ってこと」
そして、ルーシェを見る。
「いい仕事だったよ、助手」
ルーシェは少しだけ驚いたあと――
しっかりと頷いた。
その目には、もう迷いはなかった。
冒険者ギルドのざわめきは、しばらく収まらなかった。
その日。
一つの噂が、広がり始める。
――“ゆっくり効くのに確実に助ける錬金薬師がいる”
そして、その隣には。
――“その助手も、とんでもない”
新しい評価が、生まれた瞬間だった。




