09.ときに盛大に誕生日を祝われているようです
三歳になった。
「ルシア様、お誕生日おめでとうございます!」
「ありがとうございます」
昨日から、乳母とは別の部屋で寝るようになった。
と言っても、私の部屋のすぐ隣に、乳母の部屋や、使用人が控えている部屋がある。
屋敷の食堂で朝食を済ませた後、なにやら豪華な服を着せられた。
「今日も町の教会に行くの?」
一歳と二歳の誕生日は、屋敷の外にある町の教会で、司祭からの祝福を受けた。
「いいえ。本日は領都の水神大聖堂で、水神様への感謝を捧げます」
「りょうと?すいじん大聖堂……?」
どうやら、屋敷から馬車で半日のところに、我が公爵領――アクエリア公爵領の最大の都があるらしい。
「水の神様をまつっている聖堂のことですよ」
「水の神様がいるの?」
そういえば、本の中に書いてあったような気がする。
「ええ。ルシア様たち、アクエリア公爵家は、水神様の末裔と言われております」
「すいじんさま!火の神様とかもいるの?」
「ええ。風神様、火神様、地神様もいらっしゃいますよ。
そして、それぞれの神様の末裔と伝わる公爵家がございます」
「おーさまは?」
「皇帝閣下は、光神様の末裔でいらっしゃいます。皇都には光神大聖堂がございますよ」
この国は光神の皇帝と、地・水・火・風、それぞれの神を受け継ぐ四大公爵家が支えているらしい。
……うちって、思っていたより、すごい貴族なのかも……。
屋敷の外に出て、馬車に乗りこんだ。馬車に乗るのは初めてだ。
この世界には、移動魔法はないのだろうか。
木の床は思ったより高く、侍女に抱えられてようやく乗り込む。
装飾が施された馬車の中には椅子があり、侍女に促されるまま一緒に座った。
革張りの椅子はふかふかで、ゆっくり腰を下ろすと体が少し沈んだ。
向かいには、姉と兄が座っている。
「んしょ」
馬車の木製の窓を、上にあげてみる。
父と母が座っている豪華な馬車と、使用人たちが座っている簡素な馬車が見えた。
そして馬車を囲うように、騎士の人たちが馬に乗っている。
屋敷の外には街灯はあるけれど、少し奥の街道にはなかった。
きっと夜になったら真っ暗になるんだろうなぁ。
屋敷周辺の町の教会の前を通り、村を通り――お昼ごろ。目的地に到着した。
「うわぁ……!」
思わず窓に顔を近づける。
石造りの町を何本もの運河が走り、小舟が人や荷物を運んでいた。
水路沿いには商店が並び、水の都という言葉がぴったりだった。
「ふふ。そういえばルシアは初めて行くのよね」
「人、おおいねぇ」
「そりゃ領都なんだから当たり前だろ」
上から姉、私、兄である。
馬車から見える街並みに興奮していたら、やがて水神大聖堂に到着した。
「おおきい……」
馬車の窓から見上げる大聖堂は、見上げても見上げても天辺が見えないほど大きかった。
空へ伸びる白い尖塔は青空を突くようにそびえ立ち、正面の大きな扉には、水神様を象った繊細な彫刻が一面に刻まれている。
重そうな扉が、ぎぃ、とゆっくり開かれた。
一歩足を踏み入れた瞬間、思わず息を呑んだ。
見上げても、その先にある天井は遥か遠かった。
太い白い柱が何本も並び、その一本一本には波や魚、水鳥の彫刻が施されている。
ふと視線を上げると、青や銀のステンドグラスから光が降り注いでいた。その光は水面のように揺らめきながら床を照らし、堂内全体をまるで湖の底にいるような幻想的な空気で包んでいた。
足元では、壁際を巡る小さな水路に、絶えず清らかな水が流れていた。
さらさらという音が静かな堂内へ響き、香がほのかに漂う。自然と胸いっぱいに息を吸い込んだ。
町の教会も十分立派だと思っていた。
でも、ここはまるで別世界だった。
「アクエリア公爵家様、こちらへどうぞ」
司教様が出迎えてくれた。
私は母に手を握られ、群青色の絨毯の上を歩く。
我々公爵一家は、祭壇の前へ進み、横一列に並んだ。
堂内には人が大勢いるはずなのに、不思議と話し声は小さく、足音だけが高い天井へ静かに響いていた。
正面には、水神を象った巨大な彫像が立っていた。
長い衣をまとった像の足元には波紋が彫られ、水神が静かにこちらを見守っているようだった。
司教様が静かに一歩前へ出た。
「本日、光神と水神の御前において、アクエリア公爵家が息女、ルシア様の健やかなる成長を感謝し、祈りを捧げるため参られました」
そう告げると、父へ向かって一礼した。
「閣下。祭儀を始めてもよろしいでしょうか」
父は静かに頷き、短く命じた。
「始められよ」
司教様は祭壇へ向き直り、両手を広げた。
聖職者たちが一斉に頭を垂れる。
「光の神よ。
今日までこの幼き命に祝福を与え給いしこと、我らは深く感謝いたします」
聖堂に静寂が落ちる。
「水の神よ。
この子を清らかな流れのごとく育み、三年の時を守り給いしこと、心より感謝いたします」
「願わくは、この先も光は道を照らし、水は命を育み、この子を御加護のもとに導き給わんことを」
司教様は右手を掲げた。
「光神の祝福あれ」
すると、司教様の右手から、白い光が優しく広がった。
ステンドグラスの光が呼応するように輝く。
聖職者たちが唱和する。
「「光神の祝福あれ」」
次に、司教様は左手を掲げた。
「水神の恵みあれ」
すると、左手から、放たれた水色の光が祭壇を満たし、空気に水滴が舞った。
「「水神の恵みあれ」」
二つの光は、祭壇の中央で混ざり合った。
「両神の御加護あれ」
「「両神の御加護あれ」」
やがて二つの光は収束していき、消えた。
聖歌隊が歌い始め、荘厳な旋律が大聖堂を満たした。
その歌声は高い天井へ溶けていき、まるで神々へ届いていくようだった。
後ろを振り返ると、我々がいる場所とは区切られた聖堂後方に、一般の信徒がひしめきあっていた。
「あの子が……」
「本当に黒髪だ」
「でも可愛いじゃないか」
「おい、公爵家のお子様だぞ」
式典が終わり、祭壇を背にして入口の方へ歩いていく。
一般信徒たちは一斉に道の端へ寄り、静かに頭を下げた。
「ルシアさまー!」
「こらっ」
小さな女の子が、私に手を振った。
女の子は母親に抱き寄せられたが、それでもこちらへ向かって笑っていた。
思わず私も微笑み、手を振り返した。
そっか。ここにいる人たちは、みんな父が支えている領地の住民なんだ。
そして私は、その父の娘。――公爵家の、黒髪黒目の娘。
――神子か、あるいは災いの子か……。
以前、町で耳にした領民たちの囁きが、ふと脳裏をよぎった。
転生した私は、黒髪黒目の私は、いったい何なんだろう。
家族とは似ていない髪色に、顔立ち。
正直なところ、神子だとか災いの子だとか言われても、いまだに実感はなかった。
少なくとも、自分ではそんな大層な存在だとは思えなかった。
私は、大聖堂の大きさに目を輝かせる、ただの三歳の子供だった。
神子でも、災いの子でもない。
――少なくとも、このときの私は、そう信じていた。




