08.ついに乳母の赤ちゃんが生まれるようです
あれから何度か、使用人の目を盗んで庭の隅で魔法を試した。
水も風も出せるようになったが、相変わらず加減は苦手だった。
屋敷には、洗濯物を水魔法で洗い、風魔法で乾かす使用人。
水魔法で庭に水を撒く庭師。厨房で火魔法を使う料理人などが居た。
どうやら魔法は生活に密着しているようだった。
――そんなある日。今日は朝から屋敷内が慌ただしかった。
乳母が産気づいたのである。
乳母は、どうやら屋敷の客室の一室で出産するようだった。
「うばーー」
「ルシア様、中は駄目ですよ」
応援しに行きたいけれど、侍女に止められた。
中からは、乳母の苦しい声が聞こえる。
廊下では侍女たちが熱い湯を運び、桶や布を何度も部屋へ運び込んでいた。
司祭も祈りに訪れている。
「さ、ルシア様、お部屋に戻りましょう」
「うー」
子供部屋では、乳兄妹のテオが遊んでいた。
「あかちゃん、楽しみ」
テオは、心底わくわくしているようだった。
私も嬉しい。だけど、少しだけ不安だった。
この世界の医療はおそらくあまり発達していない。出産は命がけだろう。
だから私は、テオのように手放しでは喜べなかった。
「るしあ、どーしたの?」
テオは、親族以外で対等に話してくれる唯一の子供だ。
屋敷内には他に同じくらいの年の子はいないし、侍女も騎士たちも、みんな私のことを様づけで呼ぶ。
「……ううん、あそぼっか」
私は気もそぞろになりながら、子供部屋でテオと積み木遊びをした。
私はこの世界で生まれたときのことを思い出した。
あの時も、こんな風に誰かが苦しんでいたのだろうか。
――日が暮れ始めた頃。
侍女たちが、子供部屋の中のろうそくを火魔法で点灯させた。
部屋のあかりがすべて灯されたとき、部屋の中に1人の侍女が入ってきた。
「無事生まれましたよ!女の子です!」
「!!うば、へーき?」
「元気です!すこし前に生まれました。いまは落ち着いていますよ」
「よかったぁ!」
テオと一緒に喜び合う。
急いで乳母に会いに行くと、腕の中には小さな赤ちゃんが抱かれていた。
乳母も侍女達も、とても疲れ切った顔をしていた。
「あかちゃん、小さい。可愛いねぇ」
テオがそう言った。
赤ちゃんは眠っていた。
小さな手。小さな指。
そういえば私も、つい二年前までこんなだったのか。
私が生まれた時も、いまみたいに、みんなに祝福されて生まれたのだろうか。
私も、こんなふうに抱かれていたのだろうか。
こんなふうに、みんなに喜ばれていたのだろうか。
はっきりとは覚えていない。
でも、きっと母が命がけで生んでくれたんだろうな。
ふと、母の顔が浮かんだ。
「おかーさまに、会いたくなった」
「お母様なら、寝室で休まれていますよ、会いに行きますか?」
「行く!!」
母は体調が優れない日も多いため、毎日は会えない。
しかし、会えた時は、しっかりと抱きしめ、甘えさせてくれた。
この世界に生まれた私にとって、母は確かに"お母さん"になりつつあった。




