07.せっかくなので魔法を使ってみるようです
ある朝。私はいつもよりはやくに目が覚めた。
窓の外では、小鳥がさえずっている。
朝日は昇っているものの、空は厚い雲に覆われ、部屋の中はどこか蒸し暑かった。
寝室には、三つの寝台がある。私、乳兄妹、乳母。
ちなみに乳母はいま妊娠中で、もうすぐ子供が生まれるようだった。
寝台の脇には、小さな木製の祈祷台がある。
手のひらほどの祭壇には白い布が掛けられ、光の紋章と小さな燭台、毎朝摘み替えられる白い花が供えられていた。
乳母は眠る前になると、必ずそこで祈りを捧げる。
私も隣で手を合わせるのが、いつの間にか習慣になっていた。
……でも、今朝は別のことが気になっていた。
私は部屋の外に視線をやった。
寝室の窓は開いているものの、なんだか部屋の中がむっとする。空気を入れ替えたい。
――風を出せないだろうか。
お風呂場で、水を出せたことを思い出す。
常に人目があるので、それ以来、魔法は使わないようにしていた。
それでも、試してみたかった。
他にはどんな魔法が使えるのだろう。
水ができたなら、風も出せるだろうか。
火は危ないけど、風なら良いだろう。換気するだけだし。
「かぜ、風……」
手を前に突き出し、風をイメージした。
窓から入ってくる柔らかな風。部屋から出ていく風。
部屋の空気を入れ替えるだけのつもりだった。
しかし――突然風が吹き荒れた。
窓を覆う布が大きく揺れた。部屋の中にあった玩具箱と衣装箱が、カタカタと揺れた後、盛大にひっくり返った。
おまけに暖炉の灰まで、あたりに舞ってしまった。
……ちなみに、この世界は箪笥より箱文化らしい。
荒れ果てた部屋を眺めながら、私はそんなことをぼんやりと考えていた。どうしよう。
「きゃーーー!」
「どうした!???」
枕元に置く水を交換しにきた侍女が叫び、部屋の外にいた騎士が駆けつけてきた。
乳兄妹は目を丸くしていた。
泣き出すかと思ったが、ぽかんと口を開けているだけだった。
「急に風が…!」
「そんなわけないだろう!敵襲か!?」
続々と人が集まってきて、近くに私室がある兄も寝衣のまま駆けつけてきた。
「旦那様に報告を……」
周囲が慌ただしくなり始める。
まずい。思ったより大事になっている。
このままだと敵襲騒ぎになりそうだ。
「まほう……やった」
と発し、もう一度風を起こしてみた。
部屋を荒らさないよう、今度は、より弱い風をイメージした。
周囲に柔らかな風が流れる。成功だ。さっき成功してほしかった。
唖然とした騎士と侍女たち。
「おいおい……」
兄・アストさんが頭を抱えていた。
その呆れたような表情が忘れられない。
「ルシア」
「う?」
「部屋、めちゃくちゃじゃないか」
「……」
言い返せなかった。
「二度とやるな」
「や」
「やるな」
「や……あい」
後ろでは、
「風魔法を……?」
「いや、それより威力が……」
という使用人たちの声が聞こえた。
確かに、乳兄妹が魔法を使っているところは見たことがなかった。
「まほう、みんな、できない?」
私が尋ねると、
「だいたい五歳からだ」
と兄が答えた。
「ごさい?」
「そうだ。だからお前はおかしい」
……失礼な。
「おかしくない、できたもん」
「そういうことじゃない」
「アストさんは?」
「使える」
使えるらしい。
「でも部屋は吹き飛ばさない」
「うっ」
部屋はあっという間に大掃除状態になった。
侍女たちは散らばった玩具や服を拾い集めている。申し訳ない。
魔法は使いたい。
でも、目立ちたくはない。
次は誰もいない場所を探そう。
……今度こそ、部屋を吹き飛ばさない程度に。




