07.たしかに魔法は人それぞれのようです
今日は魔法学の講義で、私たちは訓練場へ集められていた。
青空の下に広がる石畳の広場には、魔法を撃ち込むための石壁が並んでいる。
「本日は、魔力量の測定を行います」
教師が生徒たちを見回した。
「魔法を扱う上で重要なのは、制御だけではありません。現在どれほどの魔力を一度に扱えるのか、自分の限界を知っておくことも必要です。得意な属性を一つ選び、魔法を顕現させなさい。限界まで出し切る必要はありません。維持が難しくなった時点、あるいは私が危険と判断した時点で終了します」
教師の説明に、生徒たちが頷く。
「なお、属性によって魔法の性質は異なります。大きさだけで単純に比較できるものではありません。今回の目的は、自分が現在どこまで扱えるのかを知ることです」
それなら、私は水だろうか。
六属性すべて使えるけれど、一番使い慣れているのは水だ。
「楽しみですね」
隣から声を掛けられた。
振り向くと、銀色の髪に眼鏡を掛けた少年が立っていた。眼鏡の奥の瞳が、期待に満ちたように輝いている。
「ケイン・ノヴァリスです」
「ルシア・アクエリアです。ケイン様は、魔法の実技がお好きなのですか?」
「はい。魔法が好きなので」
迷いのない返事だった。
「実は、叔母が魔法理論研究所の所長なんです。小さい頃から魔法の話を聞く機会が多くて」
「そうなのですね」
以前ミラさんと探検した研究棟を思い出す。確か、そこに魔法理論研究所があったはずだ。
あそこで研究をしている人が身近にいるのなら、魔法に興味を持つのも分かる気がした。
「では、始めます。ケイン殿」
「はい」
最初に呼ばれたケイン様が前へ出る。
教師に指示された位置まで進むと、右手を前へ向けた。
掌の上に小さな炎が生まれる。
そこから少しずつ炎が大きくなっていった。
人の頭ほどになっても止まらない。
さらに魔力を注ぐと、炎はケイン様の上半身を覆い隠せそうなほどに膨らんだ。
離れていても、熱気が頬に伝わってくる。
「まだいけます」
ケイン様が炎を見つめながら言う。
さらに魔力を注ぐと、炎はもう一回り大きくなり、その端が崩れかけた。
「そこまでです」
「はい」
ケイン様が魔力の供給を止める。
炎は急速に小さくなり、やがて消えた。
「十分な魔力量です。ただし、最大付近では制御が乱れています。今の感覚を覚えておくように」
「はい」
ケイン様は嬉しそうに頷いた。
やはり魔法が好きなのだろう。
褒められたことよりも、自分がどこまで魔法を使えるのか分かったことを喜んでいるように見えた。
「次、ミラ嬢」
「はい!」
ミラさんが元気よく前へ出る。
両手を広げると、その周囲で風が動き始めた。
最初は髪を揺らす程度だった風が、魔力を加えるにつれて強くなっていく。
蜂蜜色の髪が大きくなびき、服の裾がはためいた。
さらに風が強くなる。
「わっ」
近くにいた生徒が、風に煽られて一歩下がった。
石畳に落ちていた葉が次々と巻き上げられ、ミラさんを中心に大きな渦を作っていく。
「まだいけます!」
ミラさんは楽しそうだった。
さらに魔力を注ぐと、風の渦は一気に広がった。
離れていた私の髪まで大きく煽られ、何人かの生徒が押さえるように服の裾を掴む。
「ミラ嬢、そこまでです」
「はい!」
ミラさんが魔力の供給を止めると、強い風が少しずつ弱まっていった。
「出力は十分です。ただし、周囲まで巻き込まないよう制御も覚えなさい」
「はい!」
元気な返事だった。
反省しているのかどうかは、よく分からない。
「次、シルフィア嬢」
「はい」
シルフィアが前へ出る。
掌を前へ向けると、風が集まり始めた。
ミラさんと同じ風属性だ。
けれど、ずいぶん違って見える。
風はシルフィアの前で渦を作りながらも、周囲へ無秩序には広がっていかない。
徐々に大きくなっていくものの、先ほどのミラさんほど広い範囲には達しなかった。
それでも、少し離れたところに立つ私たちの髪は、わずかに揺れる程度だった。
「まだ余裕はありますか?」
「少しなら」
「続けてください」
「はい」
渦がもう一回り大きくなる。
やがてシルフィアの表情にわずかな力みが見えた。
「そこまでです」
シルフィアが魔力の供給を止めると、風は静かに弱まっていった。
「十分な出力です。特に制御は優秀ですね」
「ありがとうございます」
シルフィアは小さく頭を下げた。
「次、ナイア嬢」
「はい」
ナイアさんが前へ出る。
掌の上に水が集まり始めた。
人の頭ほどの水球が生まれ、徐々に膨らんでいく。
肩幅ほど。
さらに大きくなり、ナイアさんの上半身を隠せそうなほどになった。
それでも、水球は綺麗な球形を保っている。
「まだいけます」
「では、続けてください」
さらに水球が膨らむ。
ナイアさんの背丈に近づいたところで、表面に大きな波紋が走った。
「そこまでです」
「はい」
ナイアさんが魔力の供給を止める。
水球は形を失い、大量の水となって石畳へ流れ落ちた。
水は足元を広がり、広場の端に設けられた水抜きの溝へ流れ込んでいく。
「十分な出力です。制御も安定しています」
「ありがとうございます」
ナイアさんはほっとしたように息を吐いた。
「次、セレネ殿下」
訓練場の空気が、わずかに変わった。
セレネ殿下が静かに前へ出る。
セレネ殿下が魔力を流すと、足元から薄暗さが広がり始めた。
暗がりは少しずつ範囲を広げ、やがて訓練場の一角が夕暮れのような暗さに包まれる。
闇魔法だ。
闇魔法なら、私も何度か練習したことがある。
けれど、同じように周囲を暗くしようとしても、ここまで滑らかには広げられない。
セレネ殿下の周囲では、薄暗さが境目を乱すことなく、静かに遠くまで伸びていった。
いつの間にか、周囲から話し声が消えていた。
エリス様が胸元の聖印へ手を伸ばしかける。
けれど、途中で気付いたように手を止め、そのまま下ろした。
後ろへ一歩下がった生徒もいた。
セレネ殿下が周囲の反応に気付いていないとは思えなかった。
それでも何も言わず、静かに魔法を維持している。
「まだ余裕はありますか?」
「少しなら」
「続けてください」
頭上には青空が広がっているのに、セレネ殿下の周囲だけが薄暗い。
「そこまでです」
「はい」
セレネ殿下が魔力の供給を止める。
やがて薄暗さが消え、周囲に元の明るさが戻った。
「十分な出力です。制御も安定しています」
「ありがとうございます」
セレネ殿下は小さく頭を下げ、元の場所へ戻った。
「次、ルシア嬢」
「はい」
私の番だ。
前へ出て、掌を上へ向ける。
「使用する属性は?」
「水にします」
「分かりました。では、始めなさい」
「はい」
掌の上へ水を集める。
小さな水球が生まれた。
そこへ少しずつ魔力を注いでいく。
人の頭ほどになっても、まだ余裕がある。
さらに魔力を加えると、水球はゆっくりと膨らんでいった。
肩幅ほどになり、すぐに私の上半身ほどの大きさになる。
「まだ余裕はありますか?」
「はい」
「続けてください」
さらに魔力を流した。
水球は私の背丈ほどにまで膨らんだ。
周囲がざわめき始める。
「大きい……」
「まだ余裕があるのか?」
水球はさらに大きくなっていった。
二メートルを越える。
頭上に浮かぶ巨大な水の塊が、青空を透かして揺れていた。
「ルシア嬢。まだ余裕がありますか?」
「はい」
苦しくはない。
魔力が尽きそうな感覚もなかった。
「では、もう少し続けてください」
私はさらに魔力を注ぐ。
水球はさらに膨らみ、三メートルほどの大きさになった。
その向こうにいた生徒の姿が、水越しに歪んで見える。
周囲のざわめきが大きくなった。
「まだ大きくなるのか……?」
「あの大きさを維持できるのか……?」
私自身も、頭上を見上げる。
ずいぶん大きくなった。
けれど、まだ出せる。
「……そこまでにしましょう」
教師が言った。
「まだ出せますが」
「分かっています」
教師は巨大な水球を見上げた。
「ですが、これ以上は安全な測定が難しくなります」
「……はい」
私は魔力の供給を止めた。
水球は形を失い、石畳へ大量の水となって流れ落ちる。
「わっ!」
水は石畳を覆うように勢いよく広がった。
近くにいた生徒たちが慌てて後ろへ下がる。
大量の水が石畳の上を走り、広場の端に設けられた水抜きの溝へ一気に流れ込んでいく。
けれど、とても一度には捌ききれず、水はしばらく広場のあちこちに広がっていた。
流れていく水を見ていると、教師がこちらを向いた。
「ルシア嬢」
「はい」
「今回は、あなたの上限までは測れませんでした」
「そうなのですか?」
「こちらが先に止めましたからね。ただ、魔力量が多ければ、それだけ優れた魔法使いというわけではありません」
教師の声が少し厳しくなる。
「それだけの魔力を持つ者は、扱い方を誤ったときの被害も大きくなります。今後も制御を疎かにしないように」
「はい」
教師の言葉を頭に留めていると、すぐ近くから声が上がった。
「すごい……!」
振り向くと、ケイン様が眼鏡の奥の瞳を輝かせていた。
「まだ出せたんですよね?」
「はい。たぶん」
ケイン様は巨大な水球が浮かんでいた辺りを見上げた。
「どれくらいですか?」
「分かりません」
「魔力が尽きるまで出したことは?」
「ありません」
そう答えると、ケイン様は期待するように身を乗り出した。
「では、一度――」
「ケイン殿」
教師がケイン様の言葉を遮った。
「はい」
「今日はこれ以上、水を増やす必要はありません」
「……はい」
ケイン様が残念そうに答えた。
そんなに知りたいのだろうか。
◇
講義が終わると、生徒たちは友人同士で先ほどの実技について話しながら訓練場を後にしていった。
「ルシア様」
後ろから呼ばれ、振り返る。
ケイン様だった。
「先ほどの水魔法、本当にすごかったです」
「最大まで出してはいませんが」
「だから気になるんです。あれより大きくできるんですよね?」
「できるとは思います」
「どこまででしょう」
「私にも分かりません」
「気になりますね……」
ケイン様は真剣に考え込んでいる。
しばらくして、顔を上げた。
「魔法って、本当に面白いですね」
心からそう思っている顔だった。
自分の魔法だけではなく、他の人の魔法まで面白くて仕方がないらしい。
その様子に、私は思わず笑った。
歩き出そうとしたところで、今度は何人もの生徒から次々と声を掛けられた。
「ルシア様、先ほどの水球、どこまで大きくできるのですか?」
「私も知りたいです!」
「神子候補だから、あれほどの魔力があるのでしょうか」
気付けば、私の周りには小さな人だかりができていた。
「私にも分かりません」
そう答えるしかない。
人の隙間から、少し先を歩く黒髪が見えた。
セレネ殿下だった。一人で歩いている。
その周囲だけ、他の生徒との間にわずかな隙間が空いていた。
先ほどの実技を思い出す。
私が水魔法を使うと、皆が驚き、こうして近づいてきた。
セレネ殿下が闇魔法を使うと、皆が黙り、反対に距離を取った。
昨日、図書館で話したセレネ殿下は、穏やかで知的な少女だった。
今日だって、教師に言われた通りに魔法を使っただけだ。
同じ授業で、同じように自分の力を見せただけなのに。
私は人に囲まれたまま、一人で歩いていくセレネ殿下の背中を見つめていた。




