表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
救済の神子はまだ知らない  作者: 染井吉野
学院入学編
PR
46/54

01.ひとまず宮廷学院に入学したようです


 皇都に到着して数日が経った。十歳になる春だ。

 皇都の春は、水公爵領より少しだけ暖かい。


 屋敷の庭園では、色とりどりの花が咲き誇っていた。


 今日から皇立宮廷学院での生活が始まる。


 朝からミーナに髪を結われ、侍女たちに支度を整えられる。

 セシリアさんが学院のために選んでくれたドレスに袖を通した。

 先日の祝賀会でも一度着た、淡い水色を基調とした上品な礼装だ。

 自然と気が引き締まる。


「やっぱり似合うわ!」


 私を見たセシリアさんが、満足そうに頷く。


「これからは同じ学院ね」

「そうですね」

「学院でも会えるし、寄宿舎だって近いのよ。いつでも会えるわ!」


 セシリアさんは、胸の前で手を合わせた。澄んだ水色の髪が揺れる。

 どうやら本当に嬉しいらしい。


「少し緊張してる?」

「はい。入学祝典があると聞いているので」


 私は苦笑した。

 今日は祝典があり、その後に、これからの住まいである寄宿舎に入舎することになっている。


「大丈夫よ。ルシアは可愛いし、賢いし、私の妹だもの」

「最後は関係ありますか?」

「大いにあるわ」


 セシリアさんは腕を組んで頷いた。自信満々だ。


 支度を終えると、玄関にはアストさんがいた。

 相変わらず、あまり表情は変わらない。


「入学祝典では転ぶなよ」

「転びません」

「ドレスを踏むな」

「踏みません」

「緊張して挨拶を忘れるな」

「そこまで緊張していません」


 アストさんは少しだけ口元を動かした。

 たぶん笑ったのだと思う。

 少しだけ、緊張が和らいだ。


 皇都の屋敷を出発し、馬車で宮廷学院へ向かった。

 高い白壁に囲まれた学院の門は、屋敷の門とは比べものにならないほど大きかった。

 金で縁取られた学院章が朝日に輝き、門をくぐる馬車が途切れることはない。


 家紋の入った馬車。護衛騎士。侍女。従者。

 まるで小さな宮廷のようだった。


「騎士や従者も思ったより多いですね」

「当然でしょう」


 セシリアさんが答える。


「貴族の子女が集まる場所なのよ」

「学院というより、社交界みたいです」

「その通りよ」


 ……そうなのか。


「じゃあ、私たちは中学舎と高学舎へ行くから、ここでお別れね」


 宮廷学院は、初学舎、中学舎、高学舎の三つに分かれている。どの学舎も三年制で、私は今日から初学舎の一年生だ。


「またすぐ学院内や寄宿舎で会えるわ!」

「はい」

「困ったらすぐ来てね」


 続いて、アストさんがこちらを見る。


「寝るなよ」

「寝ません」

「迷ったら誰かに聞け」

「迷いませ……はい」


 二人と別れ、私は初学舎の新入生が集まる大講堂へ向かった。


 天井は見上げるほど高く、白い石柱が何本も並んでいた。

 正面には光神を象徴する巨大な紋章が掲げられ、朝日を受けたステンドグラスが床へ色鮮やかな光を落としている。


 講堂内には、すでに多くの新入生が着席していた。

 水公爵領では見かけない家紋と、色とりどりの礼装が目に入った。

 これだけ多くの貴族の子供たちが、一つの場所に集まっている光景を見るのは初めてだった。


 男子と女子は左右に分かれ、家格ごとに席が決まっているようだった。


 私の席は女子区画の最前列だった。

 その隣には、見慣れた若葉色の髪があった。

 前髪を編み込んだ髪が肩越しに流れ、後ろで結ばれた白い飾り紐が揺れている。


「ルシア!」


 シルフィアだった。


「やっと学院で一緒にいられるわね!楽しみだわ」

「……私は少し緊張してる」

「大丈夫よ!これから毎日一緒だもの」


 シルフィアの嬉しそうな笑顔を見て、思わず和む。


「よろしくね、シルフィア」

「ええ!」


 やがて楽団の演奏が止み、講堂が静かになった。

 白髪を後ろで束ねた学院長が壇上に立ち、低くよく通る声で話し始めた。


「新たに宮廷学院へ集った諸君を歓迎する。諸君は、いずれ領地を治め、騎士団を率い、宮廷に仕え、教会を支える者たちである。この学院で学ぶ知識と礼節は、己のためだけにあるものではない。それぞれが背負う責務のためにある」


 責務。その言葉が胸に残った。


「本年も皇国各地より、多くの若者がこの学び舎へ集った」


 講堂のあちこちから視線を感じた。

 第三皇子に、四大公爵家の子供たち。そして神子候補と呼ばれている私。周囲が気にするのも無理はないのかもしれない。


 私は思わず背筋を伸ばした。

 隣を見ると、シルフィアも居心地が悪そうに身じろぎしていた。


 男子区画の上席に座るアルヴィン殿下は、慣れた様子で静かに座っている。

 さすが皇族だった。


 学院長の挨拶が終わると、入学祝典では恒例だという祈りのため、皇都大司教が壇上へ進み出た。

 胸元には金の聖印が輝き、歩くたび祭服の裾が静かに揺れる。


「光神の御名のもとに祈ります」


 大講堂にいる全員が静かに頭を垂れた。


「新たに学び舎へ集う若き者たちの歩みを、どうか照らしたまえ。知を求める心に導きを。迷う時には勇気を。困難に立ち向かう時には力を。そして、得た力を己のためだけでなく、他者のために用いる慈しみを与えたまえ」


 大司教の声は穏やかだった。


「諸君の未来に、光神の祝福があらんことを」

「「光神の祝福があらんことを」」


 講堂中に声が重なった。


 こうして入学祝典は終わった。


 祝典が終わると、それぞれ寄宿舎へ案内されることになった。

 私は案内係について、公爵家や侯爵家の子女が暮らす女子寄宿舎へ向かう。


 学院の敷地は広かった。

 講堂、図書館、実習棟、訓練場、食堂、庭園。

 どこを見ても立派で、どこを見ても迷いそうだった。


「こちらが女子寄宿舎です」


 案内係が扉を開ける。


 中は、想像していたよりずっと華やかだった。


 広い廊下に、厚い絨毯。磨かれた手すり。壁には花の模様が彫られている。

 扉の脇には、入居者の名が記された真鍮の札が掛けられていた。

 回廊からは庭園が見える。


 寄宿舎というより、小さな貴族屋敷のようだ。


「ルシア様のお部屋はこちらです」


 案内された部屋は、一人部屋だった。


 前室の奥には寝室があり、そのほかに侍女室と専用の浴室まで備えられていた。

 屋敷の私室よりは狭いが、それでも十分だった。

 窓からは中庭が見える。


「広いですね……」

「公爵家や侯爵家のご子女がお過ごしになる棟でございますので」


 案内係は当然のように答えた。

 他の寄宿舎には、二人で一室を使う部屋もあるという。


「ミーナはどこですか?」

「お付きの侍女でしたら、先にお荷物を運び入れております」


 その声が聞こえたのか、奥の扉からミーナが顔を出した。


「お待ちしておりました」

「ミーナ」


 見慣れた顔を見て、少しだけ肩の力が抜けた。


「日中は侍女学院の授業もありますが、朝夕のお支度は私が担当いたします!」

「よろしくお願いします」

「はい。がんばります!」


 ミーナは少し緊張していたけれど、どこか誇らしげだった。


「テオは?」

「テオ様は従騎士寮へ荷物を運ばれております。従騎士寮は訓練場の近くにございます」


 と案内係が答えた。

 どうやら、男性は女子寄宿舎の中には入れないらしい。


 部屋の窓から外を見た。


 遠くに学院の中央塔が見えた。

 その向こうに、皇都の街並みが広がっている。


 知らない場所。知らない人。知らない毎日。


 不安はある。


 けれど、シルフィアもいる。

 セシリアさんも、アストさんも、同じ学院にいる。

 ミーナも傍にいて、テオも同じ敷地内にいる。


 だからきっと、大丈夫だと思えた。


「ルシア様」


 ミーナが荷物を整えながら言った。


「いよいよですね」

「はい」


 窓の向こうで鐘が鳴った。


 明日から講義が始まる。


 この場所で何を学び、どんな人たちと出会うのか。


 考えると、不安よりも楽しみの方が少しだけ大きくなった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ