表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
救済の神子はまだ知らない  作者: 染井吉野
神子候補編
PR
44/54

24.とても賑やかな一日のようです


 今日は朝から屋敷の中が慌ただしかった。

 廊下では使用人たちが花や銀食器を運び、大広間へ続く扉の向こうからは、楽団が音を合わせる音まで聞こえてくる。


「今日は何かありましたっけ?」


 侍女に尋ねると、呆れた顔をされた。


「本日の祝賀会ですよ」

「そうでした」


 危うく、このまま本を読み続けるところだった。

 どうやら夢中になりすぎて、すっかり頭から抜けていたらしい。


 神子候補に認定されたこと。給水士養成学校の設立が決まったこと。そして、春から学院へ入学すること。

 それらを祝うための会だった。


「ルシア様、お支度の時間です」

「はい……」


 侍女たちが、以前セシリアさんと選んだドレスを私室に運んできた。

 そのまま皆に囲まれ、ドレスを着せてもらい、髪を整えてもらう。最後には香油まで薄く馴染ませられた。


 鏡の前に立たされた私は、小さく息を呑んだ。

 淡い青を基調にした生地に、銀糸が織り込まれている。

 光が当たるたび、水面のように輝いた。


「綺麗です……」

「でしょう?」


 様子を見に来た姉が、満足そうに笑った。


「やはり私の見立ては正しかったわ」


 姉はドレスの裾を軽く整えると、誇らしげに頷いた。


「ルシア様、とてもお似合いです」


 ミーナたちも頷いていた。

 少しだけ照れくさかった。


「でも、少しは化粧してもいいと思うのだけれど」


 そう言う姉は、薄く頬紅と口紅を付けていた。


「公爵様の許可が下りていませんので……」


 侍女が困ったように答えた。

 父は、過保護だった。



 やがて来客の時間になった。


 大広間へ足を踏み入れると、天井では大きな魔道灯が幾千もの光を散らし、磨き上げられた床には礼装姿の貴族たちが映り込んでいた。

 風公爵家、地公爵家、火公爵家をはじめ、領内外から多くの貴族が訪れていた。


 父は次々と挨拶を受けていた。

 私も、姉と兄と一緒に父の傍に控える。


「緊張しているか?」

「少し」

「そうか」


 兄はそれだけ言った。励ましているつもりなのだろうか。

 よく分からなかった。でも少しだけ落ち着いた。


 しばらくして、聞き慣れた声がした。


「ルシア!」


 シルフィアだった。私は思わず笑顔になる。


「シルフィア」

「久しぶりね!」


 相変わらず元気だった。


「ルシア様」

「ミレイア様も、来ていただいてありがとうございます」


 シルフィアの妹君も来てくれた。


「……おめでとうございます」


 そう言って、ミレイア様は少し恥ずかしそうに俯いた。

 小さな声だったけれど、前に会った時よりずっとはっきり話していた。


「学院でまた一緒になれるわね」

「ええ」


 シルフィアがいるから、学院が少し楽しみに思う。


 シルフィアは私より一つ年上だが、学院では同じ学年になる。

 私やアルヴィン殿下の入学に合わせたと聞いた。


 来客対応も終わり、開会の時間。

 楽団の演奏が止んだ。


 父が壇上に立って、グラスを掲げる。

 私も半歩後ろに並んだ。みんなの注目が私たちに集まる。

 ……緊張する。


「本日はお集まりいただき、感謝する」


 父は会場をゆっくり見渡した後、堂々とした声で告げた。


「皆も知っていると思うが、我が娘ルシアは昨年、神子候補に認定された」


 あちこちから祝福の拍手が広がり、笑顔で頷く貴族たちの姿が見えた。

 気恥ずかしくなり俯きそうになるのを、堪えた。


「だが、今日祝いたいのはそれだけではない。ルシアは給水所を考案し、多くの者の協力を得て形にした。さらに、給水士養成学校の設立を提案した」


 あちこちで静かに頷く姿が見える一方、腕を組んだまま表情を変えない貴族もいた。


「一人の力ではない。領民たちの力、職人たちの力、役人たちの力。そして水公爵領で暮らすすべての者たちの力があったからこそ実現した」


 水公爵領の貴族たちが、深く頷いた。

 

「春からルシアは皇立宮廷学院へ入学する。娘が多くを学び、より広い世界を知ることを願っている。本日はその門出を祝し、皆と杯を交わせれば幸いだ」


 そこで父は私を見た。


「最後に、娘からも一言」


 ……父から事前に聞いてはいたが、脚が震えそうになる。

 私はドレスの裾をそっと握った。


「ルシア・アクエリアです。本日は集まっていただき、ありがとうございます」


 声の震えを抑えるため、なるべく大きな声で挨拶をした。


「給水所も学校も、本当に多くの方に力を貸していただきました。ありがとうございました。春から学院へ通うことになりますが、そこで今まで知らなかったことをたくさん学んで、少しでも皆さんのお役に立てるようになりたいと思っています」


 そう言って、カーテシーをした。


 緊張で少し早口になってしまったかもしれない。

 後で教育係から指摘されてしまう。


 父は杯を掲げた。


「光神の祝福が皆にありますように」

「「光神の祝福が皆にありますように」」


 そうして、祝賀会が始まった。


 最初のうちは父の傍で挨拶をしていたが、だんだん父たちが難しい話をし始めたので、私は席を外した。


「ルシアお疲れ様!」

「ありがとう!疲れた……」


 シルフィアが温かく迎えてくれた。

 お腹が減ったので、侍女に食事を取ってきてもらい、食べ始めた。美味しい。

 長机の上には、焼き立ての肉料理や川魚、色鮮やかな果実、焼き菓子が所狭しと並んでいた。


「先ほどはどうも」


 かかってきた声に、顔を上げた。来客対応のときに、火公爵家当主から紹介された少年だった。

 火公爵家の三男、ユリウス・イグニスフェル様だ。


「こちらこそ」

 

 私より二つ年上らしい。私より頭一つ分ほど背が高く、少し大人びて見えた。

 彼の黒い髪がそう見せるのだろうか。毛先は火公爵家らしい朱色に染まっている。


 どうやら彼と、あと地公爵家の次男の方も、春から学院に通い始めるらしい。


「給水士養成学校のお話は聞いています」

「ありがとうございます」

「面白い取り組みですね」


 ユリウス様は、手にしたグラスへちらりと目を落とした。


「面白いですか?」

「ええ」


 私が首を傾げると、ユリウス様は一瞬だけ考え込むような顔をした。


「才能のある者が、身分だけを理由に埋もれるのは、もったいないですから」

「!そうですよね」


 私は思わず一歩近づいた。


「平民に魔法を教えるなんて、という反対意見もありますが、私は身分に関係なく学べる場を作りたいです」

「ええ。私もその方が良いと思います」


 ユリウス様は少し頬を緩めた後、一度だけ周囲を見回してから声を潜めた。


「しかし、ここだけの話ですが、父もあまり好意的ではありませんでした」


 そう言って、小さく肩をすくめた。


「火公爵領は魔獣被害が多いので、魔法を使える者は騎士や討伐隊へ積極的に登用しています」

「そうなんですね」

「ですから、戦うためではなく、人々の暮らしを支えるために魔法を教えるという発想は新鮮でした」


 ユリウス様は穏やかに目を細めた。

 なんだか、彼とは話しやすかった。


「難しい話ばかりしているのね……」


 話が盛り上がる横で、シルフィアがつまらなさそうに、お菓子をつまんでいた。


「もっと楽しい話をしましょう?」

「楽しい話?」

「学院の話よ!寄宿舎とか、食堂とか、授業とか!」


 途端に、シルフィアの顔がぱっと明るくなった。


「学院には大きな図書館があるのよ」

「図書館……!」


 思わず身を乗り出すと、シルフィアが得意げに笑う。


「ほら、そういう顔をすると思ったわ」

「本がたくさん読めますね」

「ええ。でも、ずっと図書館に籠もっていたら駄目よ。私とお茶もするの」


 そう言って、私の腕を軽く引く。


「もちろん」


 答えると、今度は満足そうに頷いた。


「ルシアが来るの、楽しみにしていたのよ」

「私も、すごく楽しみ」


 微笑む私たちを見て、ユリウス様も小さく笑った。


「お二人は本当に仲が良いのですね」

「ええ。ルシアとは昔から仲が良いんです」


 嬉しそうに胸を張るシルフィアを見て、私もつられて笑った。


 その後も、いろいろな方と話をしているうちに、気が付けば夕方になっていた。


 式が終わり、最後の客を見送った後、ようやく力が抜けた。

 私は大きく息を吐く。


「疲れました……」

「よく頑張ったわ」


 姉の手が、そっと私の頭に触れた。


「人前で挨拶をする姿を見ていたら、もう小さなルシアじゃないのねって思ってしまったわ」


 姉は懐かしむように目を細め、柔らかく笑った。


「失敗もなかったな」


 兄が言った。たぶん褒めている。

 そういうことにしておこう。


 父は私を見て、短く頷いた。


「今日は立派だった」

「ありがとうございます」

「学院でも、そのままでいろ」

「はい」

「それで十分だ」


 それだけ言うと、いつものように表情を崩さなかった。

 けれど、その声音は普段より少しだけ柔らかかった。

 私は胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。


 窓の外を見る。

 西の空には、まだ淡い春の光が残っていた。


 今日の祝賀会には、多くの人が集まってくれた。


 父の言葉も、皆からの拍手も、たくさんの祝福の言葉も。

 今日という日を、私はきっと忘れない。


「もうすぐ学院ね」


 姉が淡い水色の髪を揺らしてほほ笑む。


「はい」

「楽しんできなさい」


 窓の外では、新しい季節を告げるように若葉が風に揺れていた。


 もうすぐ、九歳が終わる。

 春になれば、私は学院へ向かう。


 まだ知らない、多くの人と出会うために。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ