19.聞けば担当司祭というものがあるらしいです
翌朝。父と朝食を取っていた。
目の前には、焼きたてのパンと卵料理、それに川で獲れた白身魚と領内の野菜を煮込んだ温かなスープ。
皇都でも似たような朝食は食べていたが、慣れ親しんだ屋敷の味はやはり落ち着く。
そんな中、父が不意に口を開いた。
「本日は教会から使者が来る」
私はスープを飲む手を止めた。
「使者ですか?」
「神子候補の担当司祭だ」
「担当司祭、ですか」
聞き慣れない言葉だった。
「神子候補には担当司祭が付く」
「そうなのですか」
「昼頃に到着する」
父はそれだけ言って食事へ戻った。
神子候補になると、そういうものなのだろうか。
朝食後、私室へ戻った。
昨日渡された書簡の山は、まだ全てに目を通せていない。
『神子候補ルシア・アクエリア様へ』
どの封筒にもそう書かれている。
なんとなく落ち着かない。
私の名前なのに、まるで別の誰かに届いた手紙みたいだった。
封筒を眺めていると、侍女がやって来た。
「ルシア様、そろそろお着替えを」
「もうそんな時間ですか」
私は書簡から目を離した。
身支度を終え、私室でお茶を飲んでいると、侍女が迎えに来た。
「教会のお客様がお見えです」
私は応接室へ向かった。
部屋には既に父がいる。
その向かいには、一人の青年司祭が座っていた。
茶色の髪は短く整えられ、落ち着いた瞳が穏やかにこちらを見ていた。
年齢は二十代半ばくらいだろうか。司祭服は皺一つなく整えられ、几帳面そうな印象を受ける。
私が入室すると、青年は立ち上がった。
「初めまして」
彼は丁寧に一礼した。
「フェリクス・アルベールと申します」
「ルシア・アクエリアです」
私も礼を返した。
席につくと、フェリクス様が口を開いた。
「本日より、ルシア様の担当司祭を務めさせていただきます」
「よろしくお願いいたします」
「主な役目は、ルシア様の補佐と教会との連絡です。教会との窓口となり、活動予定などを取りまとめます」
フェリクス様はまっすぐ私を見た。
きっちりした人だな、というのが第一印象だった。
話し方も穏やかだけれど、一つ一つの言葉をきちんと選んでいるように聞こえる。
「教会からの依頼につきましても、今後は私を通してお届けいたします」
確かに、大量の書簡を一人で処理するのは難しそうだ。
大変ありがたい。
それまで黙っていた父が口を挟んだ。
「勘違いするな」
フェリクス様の表情がわずかに引き締まった。
「娘は教会の人間ではない。アクエリア公爵家の娘だ」
「承知しております」
フェリクス様は姿勢を崩さず答えた。
「予定の調整は家令を通せ」
「はい」
「教会だけで娘の予定を決めることは認めん」
一拍置いて、フェリクス様が頷く。
「承知しております」
父はそれ以上念を押さなかった。
少し沈黙が流れる。
やがて父が言った。
「昨日の書簡だ」
家令が書簡の束を運んできた。
私の机に積まれていたものだ。
卓上に置かれた書簡の束を見て、フェリクス様がわずかに眉を上げた。
「これは?」
「神子候補認定後に届いた依頼だ。危険なものと不要なものは断った」
「なるほど」
フェリクス様は一通ずつ内容を確かめ、手際よく書簡を分けていく。
孤児院、教会、修道院。祝福式や祈祷会への招待もあるらしい。
「結構ありますね」
「選別後だ」
改めて卓上の書簡を見た。
「選別前はどれくらいあったのですか?」
「倍以上だ」
私は黙った。
見なくてよかったのかもしれない。
「こちらは施療院からですね」
フェリクス様が一通の書簡を取り上げた。
「施療院ですか」
「はい。患者への慰問と祝福を願うものです」
フェリクス様の手元にある書簡へ目をやった。
治癒魔法の練習を兼ねた、公衆浴場での癒しの日は続けていた。
施療院なら、怪我や病気で困っている人がいる。私の力で助けられる人もいるかもしれない。
「行ってみたいです」
書簡を戻そうとしていたフェリクス様の手が止まった。
「理由は」
父が短く尋ねた。
「困っている人がいるのですよね?」
私はフェリクス様の持つ書簡を見ながら答えた。
「私に何ができるかは分かりません。でも、もし私にもできることがあるのなら、行ってみたいです」
フェリクス様はすぐには答えず、確認するように父へ顔を向けた。
父は腕を組んだまま、しばらく私を見ていた。
「構わん」
「ありがとうございます」
許可が下りると、フェリクス様は施療院からの書簡を他のものとは分けて置いた。
「では、こちらを優先して日程を調整いたします」
次の書簡を取ったものの、フェリクス様はすぐには封を開かなかった。
「……施療院を選ばれるとは思いませんでした」
「何か問題がありますか?」
「いいえ」
フェリクス様は書簡の端を揃えながら答える。
「認定直後ですので、まずは教会への挨拶や、祝福式への出席を希望されるものと思っておりました」
「そうなのですか」
「ええ。ですから、施療院を真っ先に選ばれたことが少し意外だったのです」
何が意外なのか、私にはよく分からなかった。
「病気の人がいるなら、まずそちらではないのでしょうか?」
フェリクス様は返事をせず、手元の書簡へ視線を落とした。
少し考えてから、施療院の書簡を一番上へ置き直す。
「……なるほど」
顔を上げたフェリクス様の表情が、わずかに和らぐ。
「それなら、施療院を選ばれたのも納得です」
隣では、父が何事もなかったように茶器へ手を伸ばしていた。
けれど、その口元がほんの少しだけ緩んでいた気がする。
どうやら、教会が神子候補に期待していることと、私が真っ先にやりたいと思ったことは、少し違うらしかった。
そうして、私の最初の依頼は施療院への訪問に決まった。
神子候補として何をすればいいのかは、まだよく分からない。
まずは、自分の目で見てみようと思った。




