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救済の神子はまだ知らない  作者: 染井吉野
神子候補編
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18.帰れば見慣れた景色のはずでした


 皇都での用事を終え、帰路について五日目。

 ようやく公爵領へ帰ってきた。


 揺れる馬車の中で、私は先日の交流会を思い返していた。


 神に選ばれたいと願う人もいれば、故郷を救うために神子になりたい人もいた。

 反対に、神子にはなりたくないと言う人もいた。


 神子とは、何なのだろう。


 考えてみても、やっぱりよく分からない。


 そんなことを考えているうちに、窓の外には見慣れた川が流れていた。

 陽光を受けた水面がきらきらと輝き、その向こうには見覚えのある森や畑が続いている。


「お帰りなさいませ、ルシア様」


 屋敷では、家令や侍従、侍女たちが出迎えてくれた。


「ルシア様!おかえりなさいませ!」

「おかえりなさいませ」


 乳母とテオも出迎えてくれていた。

 久しぶりに二人の顔を見られたことが嬉しかった。


「ただいま帰りました」


 私室へ戻ると、ミーナたちが荷物を運び始めた。

 長旅用のドレスから、屋敷で過ごすための楽なドレスへ着替える。


 乳母が淹れてくれたお茶を口にすると、ようやく帰ってきたのだと実感した。

 開けた窓から聞こえてくる川のせせらぎに、自然と肩の力が抜ける。

 賑やかな皇都も楽しかったけれど、やっぱりこの屋敷が一番落ち着く。



 ――翌日。

 皇都から戻って最初に向かったのは、給水所だった。


 相変わらず、護衛がたくさん付いて来た。

 馬車の扉が開き、護衛騎士が手を差し出す。


「足元にお気を付けください」


 馬車を降りると、周りにはいつの間にか人だかりができていた。


「……すごい人ですね」

「神子候補様のご帰還ですからね」


 騎士はどこか嬉しそうにそう言った。

 神子候補になるというのは、こんなにも大きなことなのだろうか。


「ルシア様だ!」

「おかえりなさいませ!」

「神子候補様!」

「認定おめでとうございます!」


 あちこちから声が上がる。

 子どもたちが手を振り、大人たちも笑顔で道を開けてくれる。


 皇都へ向かう前と同じ場所なのに、なんだか少し違って見えた。


「もう皆さん、知っているのですね」

「認定の報せは既に領内へ伝わっております」

「早いですね」

「教会から正式な通達がありましたので」


 思っていた以上に、広く知れ渡っているらしい。

 私は改めてあたりを見回した。


「聖泉の水瓶が光ったそうだ」

「なんとも神々しい光だったらしい」

「さすがルシア様だな」


 領民たちは目を輝かせながら、口々に話している。


「神が降臨したって聞いたぞ」


 そんな声まで聞こえてきた。


「降臨はしていません」


 思わず小さくつぶやいた。


 周囲では、領民たちが次々と祝いの品を差し出していた。

 侍従たちがそれを受け取り、籠いっぱいの野菜や、丁寧に刺繍された布が馬車へと運ばれていった。

 どれも神子候補となった私への贈り物らしい。


 こんなに祝ってもらうほどのことをしたのだろうか。

 少し落ち着かなかったけれど、笑顔で手を振ってくれる領民を見ていると、自然と口元が緩んだ。


 給水所に着くと、利用者のおばあさんが話しかけてきた。


「ルシア様、おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「神子候補様になられても、ルシア様はルシア様ですからねぇ。この給水所には本当に助けられております」


 その言葉に、私は少し目を瞬いた。


「ありがとうございます」


 交流会では、神子になるかもしれない有力候補として見られていた。

 けれど、この人は神子候補になる前と変わらず、私に給水所の話をしてくれる。


 そのことに、少しだけほっとした。


 そのとき、給水所の前に見慣れない人たちがいることに気づいた。

 何人かが給水所に向かって祈りを捧げている。


「あの人たちは何をしているのですか?」

「神子候補認定以来、巡礼者が増えております」

「巡礼者ですか?なぜここに?」


 私は首を傾げた。


「神子候補様ゆかりの地として広まっているようです」

「あの……水を配る場所なのですが……」


 給水所の脇には、小さな花束まで供えられていた。

 なんだかすごいことになっていた。



 その日の夕方。

 屋敷へ戻り、父と夕食を取っていると、父が口を開いた。


「教会関係の書簡を選別しておいた」

「書簡ですか?」

「施療院訪問、孤児院慰問、祝福式、祈祷会などの要請だ。受ける必要のないものはこちらで断った」

「もうお返事されたのですか?」


 私は思わずパンをちぎる手を止めた。


「お前に見せる必要があるものだけ残した」

「全部読みたかったです」

「読まなくていいものもある」


 何が「読まなくていいもの」なのか気になったけれど、父はそれ以上説明するつもりはなさそうだった。

 私は少しだけ納得できないまま、パンを口に運んだ。



 食後。私室の机の上には、父の言っていた書簡が積まれていた。


「……多い」


 選別したと言っていたが、それでもたくさんあった。


 今日会った領民たちは、神子候補になったことを喜んでくれた。

 給水所のおばあさんは、それまでと変わらず接してくれた。


 けれど、机の上に並んだ書簡は違う。


 そのどれにも、『神子候補ルシア・アクエリア様へ』と書かれている。


 教会の人たちが求めているのは、きっと神子候補としての私なのだろう。


 期待してくれているのはありがたい。

 けれど、私に一体何ができるのだろう。


 それでも、神子候補であることで誰かの役に立てるのなら。


 私は一番上の書簡を手に取った。


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