16.それぞれ神子候補にも事情があるようです
神子候補認定の儀から数日が経過した。本日は、他の神子候補との交流会がある。
ミーナたちに手伝ってもらい、今日は淡い水色のドレスに袖を通した。髪もいつもより丁寧に結われ、鏡の中の私は少しだけよそ行きの顔をしている。
出発前に、父の執務室に寄った。
「本日は交流会だったな」
「はい」
「護衛は付けてある」
「わかりました」
「それから、無理に愛想を振りまく必要はない」
父は書類から目を上げることもなく言った。
ぶっきらぼうだけれど、私が疲れないか心配してくれているのだろう。
「ありがとうございます」
馬車で大聖堂区まで行くと、庭園に案内された。
色とりどりの花が咲く庭園には、白い丸卓がいくつか並び、紅茶の香りが風に乗って漂っていた。
庭園には、四人の少女の他、神話研究所の所長や職員たちもいた。
「ルシア・アクエリアです。先日、神子候補に認定されました。本日はよろしくお願いいたします」
席について、改めて四人を見る。
そこで少し不思議な気分になった。
みんな、黒い髪に黒い瞳をしている。
この国では忌避される色。けれど神託に記された色でもある。
自分と同じ色の人がこんなに並んでいる光景を見るのは、前世ぶりだった。
「正式認定おめでとうございます!聖泉の水瓶の話も聞きました!」
まっさきに話しかけてくれた少女は、私と同じくらいの年の子だった。
話を聞くと、司教の養女らしく、七歳の頃に治癒魔法を出したらしい。
「神子とは神に選ばれた最も尊い存在です。わたしもいつか神に認められたいのです!」
胸元で両手を結び、祈るように天を仰ぐ。その横顔は真剣そのものだった。
どうやら、とても信心深い子らしい。
「まだルシア様ほどの奇跡は出せませんが、これからよろしくお願いいたします」
「あ、はい。お願いします……」
どうしよう。どう答えたらいいのかよく分からない。
「なにがいいんだか」
横から、呆れたような声が飛んできた。
声の主は、私より少し年上の少女だった。騎士を多く輩出する男爵家の生まれで、八歳の頃に強い火魔法と風魔法を発現したことで、神子候補になったという。
「神子としての教養の勉強ばっかりでうんざりする。もっと騎士の訓練に時間を当てたい」
そう言って、彼女は椅子の背にもたれた。神子には、まったく興味がないらしい。
神子になりたくない人もいるんだ……。
「わ、私は神子になりたいですわ」
今度は、小さな声が上がった。
膝の上で両手を重ねていた少女が、少し緊張した様子で顔を上げる。
「神子になれば、私の村を救うことができます」
八歳のとき、土地を豊かにする祝福を発現したらしい。
村の農家に生まれたというが、身につけている服は上等なものだった。神子候補になると、教会から生活の支援も受けられるのだろうか。
尊い存在であるから神子になりたい人。
騎士になるために神子にはなりたくない人。
自分の村のために神子になりたい人。
――そして。
「ルシア様、お久しぶりですわね」
「エレオノーラ様、ご無沙汰しております」
最後に話しかけてくれたのは、姉の友人であるエレオノーラ様だ。
艶のある黒髪が陽光を受けて静かに揺れ、夜を映したような黒い瞳が優しく細められた。
紅茶を口元へ運ぶ仕草はゆったりとして美しく、優雅という言葉がよく似合う。
私より六つ年上というだけなのに、その立ち居振る舞いには大人のような落ち着きがあった。
ルミナリア皇国の皇族と、かつて敵国であったノクティス王国の王族、その両方の血を引く少女。
この中で最も高貴な身分であり、自然と誰もが彼女へ目を向けてしまうような存在感があった。
「エレオノーラ様とルシア様は特別ですよね」
司教の養女が、きらきらとした目を私たちへ向ける。
「お二人が最有力候補ですし……」
向かいに座る農家の少女も、どこか遠慮がちに言葉を添えた。
……最有力候補?私は思わず首を傾げた。
最有力候補は、エレオノーラ様じゃないのだろうか。
幼い頃から神子候補として活動し、人々を救い続けてきた方だ。
私とは比べものにならない。
「いえ、私なんかはなったばかりですし……」
そう答えても、皆の視線は変わらなかった。
どうやら皆は、私を本当に神子になるかもしれない人として見ているらしい。
少し、居心地が悪かった。
「神子になるかどうかは、まだ誰にも分かりませんわ」
エレオノーラ様が静かに口を挟んだ。
「けれど、神子候補として選ばれた以上、できることはしておきたいと思っています。期待してくださっている方々も、たくさんいらっしゃいますもの」
以前と同じだった。
神子にならなければならないのかもしれない。
そう話していた時と同じ、まっすぐな黒い瞳だった。
「神子候補として、どのような活動があるのでしょうか?さきほど、神子としての教養の勉強はあるとお聞きしましたが……」
「司祭さまから教義を受ける他、巡行も行いますわ」
「巡行?」
「人々のために各地を巡って祝福を授けるのです。私は、癒しの力を使って施療院や修道院を巡っております」
エレオノーラ様は笑みを絶やさず、静かにカップを置いた。
「私もそうです!」
司教の養女が待っていましたとばかりに身を乗り出した。
「治癒の力を必要としている方のところへ伺います。もっとたくさんの方を癒せるようになりたいのです」
「私は、土地を祝福してまわっております」
村出身の少女は、先ほどより少しだけ誇らしげに胸を張った。
「私は断ってる」
騎士志望の少女は頬杖をつきかけ、近くにいる職員の視線に気づいて手を引っ込めた。
「その時間があるなら訓練したいから」
なるほど。人によって違うらしい。
「ルシア様も、聖なる力で人々をお救いしているとか、水問題の改善にも取り組んでいらっしゃるとお聞きしましたわ!すごいです!」
司教の養女が興奮気味にそう言い、矢継ぎ早に続く。
「聖泉の水瓶まで反応したのでしょう!?」
「また、魔法鑑定の儀では、六色の光が金色の光になったとか!」
「わたし、その話を聞いて感動してしまって!」
「きっと光神様も認めてくださっているのです!」
「いえ、そんな大層なことは……」
困って周囲を見渡すと、所長も目を輝かせていた。
どうやら話を聞きたいらしい。
「自分でも、なにがなんだかわかりません」
本音だった。大した考えも覚悟もないまま、この場所に立っている。
エレオノーラ様を見ると、彼女は変わらず優しい笑みを浮かべていた。
けれど、カップの縁に添えられた指が、わずかに動いた。
「分からなくてもよいのですわ」
一瞬だけ伏せられた黒い瞳は、何かを思い返すようにも見えた。
「選ばれた者には、後から役目が与えられますもの」
そう言って、エレオノーラ様はお茶を口に運んだ。
そういうものなのだろうか。
「私も、エレオノーラ様みたいな立派な人になりたいです」
エレオノーラ様はいつだって堂々としている。
神子候補として多くの期待を背負いながら、それでも迷うことなく、人々を救うために努力している。
優雅で、落ち着いていて、自分が何をすべきなのかをきちんと分かっているように見えた。
私とは全然違う。
私にはまだ、自信を持って誇れるものなんてない。
それでも、いつかエレオノーラ様のように、迷わず前を向ける人になれたらと思った。
カップを持ち上げかけたエレオノーラ様の手が止まった。
ほんの一瞬だった。
「……ありがとうございます」
私は何か失礼なことを言ってしまっただろうか。
けれど次の瞬間には、いつもの優しい微笑みに戻っていた。
「ところで、水問題の改善とは、どのようなことをなさっているのですか?」
エレオノーラ様の視線がこちらへ向いた。
施療院や修道院を巡り、実際に多くの人を癒しているエレオノーラ様に聞かれると、急に自分の話をするのがためらわれた。
「ええと……」
私は少し身を縮めながら、給水所を設立したこと、給水士養成学校を建てること、そして皇都で見た魔道具や水務局の仕組みをもとに、今後やりたいことを話した。
「水公爵家らしいお考えですわね」
「?」
「神子の力だけが、人を助ける方法ではないのですね」
エレオノーラ様はそう言って、しばらく黙った。
視線が、手元の紅茶へ落ちる。
「……そのように考えたことはありませんでしたわ」
何を、と尋ねようとしたけれど、エレオノーラ様はすぐに顔を上げた。
「素敵なお考えだと思います」
いつもの優しい微笑みだった。
けれど、なぜだろう。
先ほどまでと同じ笑顔には見えなかった。
エレオノーラ様はそれ以上何も言わなかった。
私はただ、エレオノーラ様のように、自分のすることに胸を張れる人になりたいと思っていた。
神子であっても、そうでなくても。
誰かの役に立てるなら、それで十分だった。
あの微笑みの意味を、この時の私はまだ知らなかった。




