12.続いて魔道具工房を見学するようです
それからも、神託や魔法に関する本を何冊か読んだ。
気づけば、昼をずいぶん過ぎていた。
市場であれこれ食べたせいか、お腹はまだ空いていない。
皇子殿下たちや姉、兄は、それぞれ気になった本を借りることにしたらしい。私も写本を水公爵領へ送ってもらうことはできるそうだけれど、今回は頼まなかった。
図書館を出て、大きな石階段を下りる。
「これからどうします?」
アルヴィン殿下が尋ねると、レオンハルト殿下が楽しそうに笑った。
「実は、魔道具工房の見学を申し込んであるんだ」
「魔道具工房!?」
すごく興味がある!思わず声が弾んだ。
水公爵の屋敷にも、光灯や保温具、冷却具、着火具などがあるけど、皇都にはさらにいろんなものがあるんだろうなぁ。
それからしばらく歩くと、職人街の一角にひときわ目立つ建物が現れた。
白い石壁に赤い屋根。入口の上には、歯車と魔法陣を組み合わせた見慣れない紋章が掲げられている。
私が想像していたのは、鍛冶屋のようなものだったのだけれど、目の前の建物は、ちょっとしたお屋敷のようだった。
一階の大きな窓の向こうには、光るランプや動く模型が並んでいる。
「ここが魔道具工房です」
「思ったより……大きいです」
私は思わず見上げた。
どうやら一階は店舗、二階が工房、三階が研究所になっているようだった。
店舗の中には、様々な魔道具があった。
光灯や保温具、冷却具といった生活用品はもちろん、農作業を助ける道具、建築用の測量器具、旅人向けの携帯調理器具まで並んでいる。
音楽を奏でる箱や香り箱、子ども向けの動く玩具もあり、水公爵家でも見たことのない魔道具が数多く展示されていた。
魔法とは戦いや治療だけではない。人々の暮らしを支える技術でもあるのだと、改めて実感した。
レオンハルト殿下と兄は、魔法鑑定具や魔素観測盤を見ながら、魔法理論について話していた。
クラウディア皇女殿下と姉は、香り箱や音楽箱を見ながら、社交界での流行について話している。
第四皇子のセヴェリン殿下は光る積み木や動く人形を見ていた。
セヴェリン殿下は、遊んでいるというより、仕組みを観察しているようだった。
私はアルヴィン殿下と一緒に、生活魔道具を確認する。
「この魔道焼成炉、公爵領にあるものよりも大きいです」
「皇都は人口が多いですからね。パン屋や菓子職人がよく購入するそうですよ」
「そうなんですね」
調整盤を回して火の魔力を送り込むと、調整盤に応じた温度と時間で焼いてくれる。
前世でいうオーブンだ。
「この髪用乾燥具も、よく使用人が使っています」
「皇家でも使っています。温かい風が出て気持ち良いですよね」
こちらも、前世でいうドライヤーに近い。
私が以前風魔法を暴発させたように、魔法の威力調整というものは難しい。
その点、魔道具は便利だ。その属性の魔力さえ込めれば、誰が使っても同じ結果になる。
そこで、気になる札がかかっている魔道具があった。
「水質判定具……?」
魔石に魔法陣が刻まれている。魔石――魔力を蓄える鉱石だと、教育係から教わったことがある。
「お嬢様。こちらは先日完成した魔道具になります。水に浸すと、水質に合わせて色が変わります」
「見た目では分からない水でも判別できるんですか?」
「はい。毒性や腐敗、魔素汚染など一定の異常があれば反応します。もちろん万能ではございませんが、井戸選びの目安には十分役立ちます」
魔素汚染。魔法学の本で読んだ、魔力が淀んで土地や水を蝕む現象のことだ。
「……ほしいです!」
これがあれば、領内の井戸を調べられる。
飲み水として危険な場所が分かれば、給水所を建てる順番も決めやすくなる。
「おいくらですか?」
「金貨二枚でございます。およそ二十回ほどで魔法陣が摩耗いたします」
「…………高い」
「新製品ゆえ製造数も少なく、高価になっております」
私が気軽に買える値段ではなかった。
「どなたが購入されているのですか?」
「現在は、領主様や水路・井戸を管理する役人の方々からのお問い合わせが多いですね」
「新しい井戸の調査ですか?」
「ええ。井戸の飲用適性を調べたり、水質異常の確認に用いられます」
領地にもあれば、きっと役に立つ。
父上はもうご存じだろうか。帰ったら、一度相談してみよう。
二階へ上がると、工房の魔道具師が中を案内してくれた。
普段は関係者以外立ち入りできない場所らしいけれど、今日はレオンハルト殿下が事前に見学を申し込んでくれている。
扉が開くと、一階の店舗とはまるで違う光景が広がっていた。
広い室内にはいくつもの作業台が並び、魔道具師たちが設計図を広げている。その隣では、魔法師が金属板へ細かな魔法陣を刻んでいた。
奥からは、金属を打つ甲高い音が響いてくる。
炉の前では鍛冶職人が赤く熱した金属を叩き、木工職人は箱や杖の土台を削っていた。別の机では、宝石職人が小さな魔石を丁寧に磨いている。
「魔法師だけで作るのかと思っていました」
「いえ。魔道具は、様々な職人の技術を組み合わせて作られているんですよ」
案内をしてくれている魔道具師の説明を聞きながら、私は辺りを見回した。
魔法陣がびっしりと描かれた金属板。形の違う魔石。組み立て途中らしい光灯。
どれも気になる。
「あれは何を作っているのですか?」
少し離れた作業台を指差した。
そこには、一辺三十センチほどの白い石の台座が置かれている。中央には魔石が嵌め込まれ、その周囲を囲むように四本の銀色の支柱が立っていた。
「あちらは、まだ開発中の魔道具です」
案内役について、台座のそばまで近づく。
「空気中の魔素を集めて利用できないか、研究しているんです」
「空気中の魔素を?」
「ええ。最初に魔法師が魔力を注ぐと、その魔力を手がかりに、周囲にある同じ属性の魔素を少しずつ集めます。それを利用して、属性に応じたものを生み出す仕組みです」
「属性に応じたもの……?」
「地なら土や石、水なら水、火なら炎、風なら風、といった具合ですね」
「水も作れるんですか!?」
思わず身を乗り出した。
「作れますよ」
「どれくらいですか?」
「今のところは――」
魔道具師が台座の上へ手をかざした。
「水属性でしたら、これを一刻ほど動かしても、桶を満たせるかどうかというところでしょうか」
「……少ない」
「少ないですね」
あっさり肯定されてしまった。
「周囲から集められる魔素にも限りがありますし、集めた魔素を安定して利用するのも難しいんです。場所によって魔素の濃さも違いますから、同じように動くとも限りません」
それでは、今すぐ給水所に置いて水を作ってもらう、というわけにはいかなさそうだ。
少し残念に思いながら、もう一度台座を見る。
けれど――。
「もっとたくさん集められるようになったら、作れる水も増えるんですか?」
「理論上は。ただ、大きくすれば解決するというものでもありません。集めた魔素を制御するのが難しくなりますから」
「じゃあ、まだ研究中なんですね」
「ええ。実用化できるかどうかも、まだ分かりません」
それでも、私は台座から目を離せなかった。
今すぐ給水所に使うのは難しい。
でも、もっとたくさん水を作れるようになったら――。
「給水所に使えるかも……」
「また給水所のこと考えてるのか?」
振り返ると、兄が呆れた顔でこちらを見ていた。
「今は難しそうですけど、もっとたくさん水を作れるようになったら使えるかな、と」
「まだ桶一杯だぞ」
「これから増えるかもしれないじゃないですか」
私たちの会話を聞いていた魔道具師が、興味深そうにこちらを見た。
「給水所に、ですか?」
「はい。今は水魔法を使える人が水を補充しているんです。でも、これでもっとたくさん水を作れるようになったら、水魔法師が少ないところでも使えるかもしれません」
「なるほど……」
魔道具師は台座へ目を戻した。
「私たちは、農地で土を補ったり、工房で火を起こしたり、送風に利用したりと、まずは少量でも役立つ用途を考えていました」
「水は考えていなかったんですか?」
「もちろん考えてはいますよ。ただ、大量の水が必要になる用途となると、現在の出力では到底足りませんから」
たしかにそうだ。
給水所の大きな貯水槽を思い浮かべる。
桶一杯ずつでは、満杯になるまでどれほどかかるのだろう。
それでも、今は桶一杯でも、何年か先にはもっと増えているかもしれない。
「完成の目処が立ったら、水公爵家にも教えていただけますか?」
「もちろんでございます。水公爵家であれば、こちらとしても実際の用途についてお話を伺いたいところです」
「ありがとうございます!」
帰ったら、父上にも話してみよう。
顔を上げると、レオンハルト殿下は少し離れたところで別の魔道具を手に取っていた。何が面白いのか、何度も角度を変えて裏側まで覗き込んでいる。
一方、クラウディア皇女殿下は窓辺に立ち、小さな欠伸をしていた。
「お兄様、まだ見るの?」
「もちろん」
「やっぱり聞かなければよかったわ」
そのやり取りに、姉が小さく笑っている。
私はもう一度、開発中の魔道具へ目を向けた。
今の給水所では、水魔法を使える人が何度も水を作り、貯水槽へ補充している。
けれど、魔道具がもっと発達すれば、一度魔力を込めるだけで、そのあとも水を作り続けてくれるようになるのかもしれない。
水魔法師が少ない場所でも。
何度も給水所へ水を補充しに行けないような場所でも。
いつか、必要な人のところへ、もっと簡単に水を届けられるようになるのだろうか。
そんな未来を想像すると、なんだかわくわくした。
「あっ、あれは何ですか?」
今度は見慣れない魔道具を見つけ、私はそちらへ足を向けた。




