11.恐縮ですが皇子たちに皇都を案内されるようです
お茶とお菓子をようやく落ち着いて味わえるようになった頃。
「ルシア様は、初めて皇都にいらしたのよね?せっかく来たんですもの!明日、皇都を案内いたしますわ!」
皇女殿下がぱっと顔を輝かせた。
「えっ!?恐れ多いです」
びっくりしすぎて、お茶を吹き出しそうになった。
なんとか耐えた。淑女教育の成果が、こんなところで役に立つとは思わなかった。
水公爵領のお茶は薬草や花茶だったが、皇宮のお茶は、前世の紅茶のように深い香りを放っていた。
「大丈夫よ!ねっ、いいでしょう?」
姉と兄を見ると、二人の顔から「頷け」という声が聞こえた気がした。
そうですよね。皇女のお誘いを蹴るなんてできないですよね。
「……はい。喜んで、クラウディア殿下」
「お兄様たちもいいでしょう?」
「もちろんさ、学院も休みだしね。ね、アスト」
「…………はい、殿下」
兄はしばらく黙ったあと、渋々といった様子で頷いた。
「返事と顔が合っていないぞ」
「……おっと、失礼」
皇太子殿下に指摘され、兄はすぐにいつもの顔へ戻った。
姉は皇族とのお出かけを楽しみそうにしている一方、第三皇子のアルヴィン殿下は「また始まった」と言いたげな顔をしている。
第四皇子のセヴェリン殿下は、銀の杯をじっと眺めていた。表情があまり変わらないので、何を考えているのかよく分からない。
そんなセヴェリン殿下が、ぽつりと口を開いた。
「……姉上が迷子にならなければ良いですね」
「失礼ね!」
物静かな子かと思っていたけれど、意外と辛辣である。
――翌日。
皇族と公爵家の子供たちが揃って出歩くとなると、街が大変な騒ぎになるため、お忍びで出歩くことになった。
いつもより軽装なドレスに着替え、私服姿の騎士たちと一緒に、皇都の商業区にある喫茶店へ向かった。
貴族御用達の落ち着いた喫茶店らしい。ここなら人目も少なく合流できるのだとか。
喫茶店へ近づくと、二階の窓から身を乗り出すようにして、クラウディア皇女殿下が大きく手を振った。
「ルシア様ー!」
「大声を出すな」
隣から皇太子殿下にたしなめられている。
――もう着いてる!
慌てて私たちも、喫茶店の中に入る。
中からは、焼き菓子のとても良い香りがした。
二階の特別席に入り、お店の人にお茶菓子を給仕された。
「まずはここで一息ついてから、市場に出かけましょう!」
皇女殿下は待ちきれないように身を乗り出した。
私は、目の前に出された焼き菓子を一口かじった。
甘さのあとから、ふわりと懐かしい香りが広がる。
「――シナモンだ!」
思わず声が出た。水公爵領では、あまり口にすることのない味だ。
「ここのお菓子は、火公爵領の香辛料がふんだんに使われているのよ」
皇女殿下は嬉しそうに焼き菓子を一つ摘まんだ。
水公爵領では、食事に香辛料は使われているが、お菓子に使う文化はあまりなかった。
そのため、水公爵領では、蜂蜜菓子や果実菓子をよく食べていた。
皇都のお菓子は、香辛料や珍しい茶葉の香りがして少し大人の味だった。
その後、市場へと移動した。
「すごい人ですね……」
水公爵領の領都も人で賑わっているが、それとは比べ物にならないほどの人と店があった。
大通りの両脇には色とりどりの露店が並び、店先には鮮やかな布や磨き上げられた銀細工が陽光を受けて輝いていた。
赤や黄金色の香辛料が山のように盛られ、その隣では風公爵領の色鮮やかな織物が風に揺れている。地公爵領の鉱石細工もあれば、見慣れた水公爵領の真珠細工や干物まであった。
「これ全部、皇国各地から集まっているんですか?」
「ええ。皇都は皇国最大の商業都市ですから」
隣を歩いていたアルヴィン殿下が、露店の並ぶ通りを見渡した。
テオとミーナに何かお土産でも買おうか。
そう考えていると、クラウディア皇女殿下の明るい声が聞こえてきた。
「ルシア様!セシリア様!これ食べましょう!」
皇女殿下は、串焼き屋を指差した。
串焼きを頬張る人々の隣では、焼きたての蜂蜜菓子が並び、その向かいでは魔道具職人が光るランタンを実演していた。
「魔道具まで売られているんですね」
「皇都では珍しくありませんよ」
立ち止まるたびに、新しい発見があった。
「次はあっち!果物の焼き菓子が美味しいのよ!」
「あっ、この店も!」
見て回るのは楽しいのだけれども、クラウディア皇女殿下の行動についていくのには少々骨が折れる。
姉もにこにこしているが、疲労が伺えた。兄とレオンハルト皇太子殿下は、少し離れたところで見守っている。
アルヴィン殿下とセヴェリン殿下は、二人仲良く市場を見ている。
お腹がいっぱいになり、もう食べられなくなった頃だった。
人混みから少し離れた通りへ視線を向けたアルヴィン殿下が、静かに口を開いた。
「……ルシア様、あちらの方に図書館がありますよ、いかがですか?」
「!行ってみたいです」
アルヴィン殿下の助け舟だった。本当によく気の効く方だ。
「あら、図書館?」
「姉上は先ほどから食べ歩きしかしていないでしょう」
「失礼ね!」
「では少し休憩にしましょうか」
レオンハルト殿下もそう言い、私たちは図書館へ向かった。
市場を抜け、石畳の大通りを歩くと、ひときわ大きな白い建物が見えてきた。
図書館は、遠目にも分かるほど立派な建物だった。
白い石造りの正面には高い列柱が並び、その先へ大きな石階段が続いている。緩やかな稜線を描く屋根も美しい。
入口の左右には、知恵と記録を司る神々の石像が据えられていた。
中へ入った瞬間、紙と革表紙の匂いが鼻をくすぐった。
なんだか落ち着く匂いだった。
高い天井にはステンドグラスが嵌められ、壁際には上階まで書架が連なっている。
司書たちがその間を行き交い、奥には広い写本室も見えた。魔法研究の資料や、皇国各地の歴史書まであるらしい。
「水神大聖堂の図書館より大きい……」
「皇国中から本が集まりますから」
アルヴィン殿下は少し誇らしげにそう言った。
「ここには禁書庫までありますよ」
「き、禁書庫!?」
「入りた――」
「ダメですよ」
「ですよね……」
「禁書庫は危険ですから。僕もまだ入ったことはありません」
「アルヴィン殿下でもですか?」
「ええ。皇族だからといって自由に入れる場所ではないんですよ」
禁書庫にはどんな本が収められているのだろう。
アルヴィン殿下も、もっと大きくなってこの国の仕事に関わるようになれば、いつか入ることがあるのだろうか。
皇子殿下たちは皇族として、この国を支えるための道を歩いていく。
姉や兄にも、公爵家の子として、それぞれ歩んでいく道がある。
私には、どんな道が待っているのだろう。
公爵令嬢なのだから、いつか誰かと婚約し、その方の家へ嫁ぐことになるのかもしれない。
嫁いだ先の家を支え、領民のために働く。
お母様も、きっとそんなふうにして水公爵夫人になったのだろう。
前世の自分からは考えられない人生だった。
でも……そんな未来も、悪くないのかもしれない。
そう考えている自分が、なんだか少し不思議だった。
ずっと先のことなのに、ちゃんと自分がそこにいる。
窓の外では、庭の若葉が春風に揺れ、やわらかな春の日差しが閲覧室へ差し込んでいた。
公爵令嬢のお手本となる姉はというと、学院の授業で参考になりそうな本を探していた。
……まず私は、淑女教育をしっかりと頑張らないと。
「この本とか、どうですか?」
セヴェリン殿下が一冊の本を持ってきた。革表紙には、『人々が夢に見た神託に関する考察』と書かれていた。
「ルシア様は、神子候補さまだと騒がれていますので……」
「ありがとうございます!」
神託に関する話は、教育係から教わっていたが、実際に書籍で確認したことはなかった。
セヴェリン殿下から本を受け取り、手ごろな椅子に座って読んでみた。
――黒髪黒目の乙女が六色の光を束ね、世界の終焉に立ち向かう
約二十年前に多くの人が見たとされる夢。
夢に現れた少女――神子は、救済の象徴として見るのが本流だが、災いの象徴として見る聖職者もいるらしい。
これは、元来黒髪黒目が、皇国にとって忌避する色だったからだろう。
黒髪黒目なんて、日本ではありふれた色だったのになぁ。
窓硝子にうっすら映る自分の顔を見つめる。
黒い髪。黒い瞳。
それだけではない。
目元も、鼻筋も、輪郭も。家族の誰ともあまり似ていない。
前から、なんとなく思っていた。
今の私は、前世の私の顔に似ている。
私は自身の髪をそっと撫でた。
開け放たれた窓から春風が吹き込み、頁がさらりと音を立てる。
神託の少女。前世の私。今の私。
私は一体、何者なんだろう。




