03.どうも宗教があるようです
生後数日。
別室に移動させられたと思ったら、高いアーチ天井のある石造りの建物へ入った。
天井近くには色鮮やかなステンドグラスがはめ込まれ、朝日を受けて赤や青の光が床へ降り注いでいる。ひんやりとした空気の中、足音だけが静かに響いていた。
ここはもしかして教会……いや、礼拝堂かな?
ただ十字架は見当たらなかった。キリスト教に似ているが、キリスト教ではなさそう。
どうやら屋敷の中には、居住している建物とは別に礼拝堂があるらしい。
おそらく、ほかにもいろんな建物が屋敷内にあるんだろう。屋敷はどうやら広そうだ。
建物の中を見回していると、司祭が銀の器から水をすくい、私の額へそっと垂らす。冷たい。
もしかして、洗礼(宗教に入信する儀)というやつだろうか。
家族が私を見守っている。司祭が何かを唱えている。
「あーー」
とりあえず、泣いてみた。
ここ数日、寝るかミルクを飲むか粗相をするかしかしていない。
それなのに、うまく赤ちゃんをやれている自信がなかった。もっと泣いたほうがいいだろうか。
無事に洗礼を終え、寝室に戻された。
寝室には私の他にもう一つゆりかごが置かれている。おそらく乳母の子だ。
母乳は母と乳母の二人から貰っており、乳母から貰うことの方が多い。
母は忙しいのか、それともそれなりの身分の人は子育てをする文化がないのか。
母を目にすることはあまりない。
それでも、たまに抱き上げられる腕はとても柔らかい。
言葉は分からないけれど、優しい声で何かを話しかけてくれる。
私のことを大切に思ってくれていることだけは伝わってきた。
抱かれていると不思議と落ち着く。気付けば私は、その腕の中で眠ってしまうことが多かった。
――洗礼の日から数日が経った。
おそらく生まれて一週間ほどになる朝。
「Dunna ルシア, èsi temp da midar voss vestgids.(ルシア様、お着換えの時間ですよ)」
使用人が私の服を着替えさせた。
なぜなら、さきほど粗相をしたからだ。
他人に介助されるのはとても恥ずかしいけど、赤ちゃんなので仕方がない。
ゴワゴワした麻布?でお尻を拭かれて肌着を変えられる。お尻が痛い。
粗相をした時以外にも、毎朝、濡れた布で顔を拭かれた後、着替えさせられる。
相変わらず言語は分からないが、着替えましょうね~って言っているんだと思う。早く言語を覚えたい。
身体を清潔にしたあとは、再び屋敷内の礼拝堂に運ばれた。先日洗礼を受けた場所だった。
朝日を受けた光の模様が、祭壇の白い石へ静かに揺れている。
祭壇には白い花が供えられ、傍には司祭が立っていた。
祭壇近くには父と母、それから姉と兄がいる。
そして礼拝堂後方の入り口付近には、使用人たちが控えている。
もしかして、今から朝の礼拝が始まるのかな……?
司祭が、金銀の装飾が施された透き通った球体を掲げた。
すると、その中で、小さな光がゆらりと揺れた。
まるで朝露の中へ朝日が差し込んだように、淡い光が礼拝堂いっぱいへ静かに広がっていく。眩しいというより、温かい。
抱きかかえられた腕越しに見える光は、どこかぼんやりと滲んでいた。
思わず目を奪われた。
……なのに、どうして光っているのだろう。
蝋燭もない。油も見当たらない。それでも淡い光は揺らめき続けている。
この世界独自の技術でもあるのだろうか。
「Mater Luxia, gratia per nova aurora.Illumia nostra via, e guida nostra corda al vera senda.(光の母よ。あなたが授けてくださった新たな朝に感謝します。私たちの道を照らし、心を正しき道へ導いてください)」
誰も言葉を交わさない。
聞こえるのは司祭の祈りと、衣擦れの小さな音だけだった。
皆が一斉に目を閉じ、祈り始めた。
父も母も姉も兄も真剣に祈っている。
使用人たちも頭を垂れている。
この世界の人々にとって、信仰は生活の一部なのかもしれない。
光は祈りに合わせるように、ゆっくりと明滅していた。
「 ―― Luxia eterna sit cum nobis.(あなたの聖なる光がいつまでも私たちと共にありますように)」
幻想的な景色。
何を祈ればいいのか分からない。それでも皆と同じように目を閉じた。
そのときだった。
祭壇の上の光が、一瞬だけ私に向かって流れ込んだ気がした。
その瞬間、胸の奥がほんのり温かくなった。
何が起きたのかは分からない。
ただ、この世界には私の知らない力がある。
それだけは、なんとなく理解できた。
この世界は、思っていた以上に不思議な場所らしい。
そんなことを、ぼんやりと思った。




