02.おそらくルシアと呼ばれているようです
私は赤ちゃんになったらしい。らしい、というのは、まだ実感がないからだ。
信じられなかった。つい先日まで、日本で普通に暮らしていたはずなのに。
先ほど綺麗な女性から母乳をいただいた。
なにこれ。もしかして、本当に、転生というやつだろうか。
女性はとても嬉しそうな顔をしていた。
考えなければならないことは山ほどあるのに、意識がうまく働かない。
あれからいろんな人が私を見に来た。
高価そうな衣服に身を包んだ子供たち。黒いドレスに白いエプロンを着た女性たち。
少し落ち着いて周囲を見回す。
白い漆喰の壁には、淡い水色の織物が掛けられていた。陽光を受けて、波紋の刺繍が静かに浮かび上がっている。
寝台には、白い天蓋がかけられ、傍には銀の燭台と水差しが置かれていた。
少しずつ見えてきた情報を整理しようとして、なんだか頭が混乱してきた。
まるで中世ヨーロッパのような世界だった。
そして、裕福な家に生まれたらしい。貴族だろうか。貴族だったら大変そうだな。ちょっと裕福な商家の娘ぐらいがいい。
……まあ、自分の姿すらまだ見えていないから、娘かどうかも分からないけど。
誰か鏡を持ってきてください。
この世界に来る直前のことは何も思い出せないや。
私、死んだのかな?
どうして死んだんだろう。
そもそも本当に死んだのか。
最後の記憶だけが、どうしても思い出せない。
思い出そうとしても、そこだけ白く霞がかかったように思い出せない。
不思議なほど、その部分だけ記憶が抜け落ちていた。
……まあ、いいか。
それ以上考えようとすると、なぜだか胸の奥がざわつく。
今は眠気のほうが勝っていた。
――そうして、この世界に生まれて早数日が経過した。
最初はいろんな人が私を見に来ていたが、それもどうやら落ち着いたようだ。
私の世話をしてくれる乳母や使用人たちの他には、
六~七歳ぐらいの女の子と、三~四歳ぐらいの男の子が頻繁に私に会いに来ている。
おそらくこの二人は私の姉と兄にあたる人物なのだろう。水色の髪の姉弟だ。
子供たちは、ちょんちょん、と小さな手で私の頬をつついたり、そっと頭を撫でたりしてくる。
可愛い子供達を見るのは癒されるね。今は私のほうが年下なんだけれども。
「Lucia, tu es tant carina.(ルシア、とっても可愛いねぇ)」
空色のドレスに身を包んだ姉はそう言って、私の頬を指でつついた。
その手は驚くほど優しかった。
姉からは、”ルシア”という単語が頻繁に出てくる。
おそらく、これが私の名前だ。
私は寝台の側にある鏡に目を向けた。
そこには一人の赤ん坊が寝かされている。
ルシア。
それが、この世界で与えられた私の名前だった。
黒い髪。黒い瞳。
その時の私はまだ知らない。
その黒い髪と瞳が、この世界で何を意味するのか。




