表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
救済の神子はまだ知らない  作者: 染井吉野
神子候補編
PR
24/38

04.くれぐれも無理は禁物のようです

 七歳の祝賀儀式から二か月ほどが過ぎ、季節は初夏を迎えていた。

 あの日、六属性すべてが強く輝いて以来、屋敷の空気は少し変わった。

 教会からは、未だに使者が訪れ、皇都で詳しい検証を受けてほしいという申し入れが続いている。父はそのたびに、丁重に断りの返事を送っていた。


 一方で屋敷の中でも、私の教育について話し合いが続いていたらしい。

 六属性すべてに強い適性を示した子どもなど、誰も育てたことがない。

 魔法教師も文官も騎士たちも、前例のない力をどう扱うべきか、何度も相談を重ねていたという。


 そしてある朝、私は父に騎士館の訓練場へ呼ばれた。


 青空の下、騎士たちが木剣を打ち合う音が響いている。

 訓練場の一角には、父と教育係、それに見慣れない男性が立っていた。


「ルシア」

「はい、父上」


 父は隣の男性へ視線を向ける。


「今日から魔法は、この者が教える」


 私は思わず教育係を見た。


「先生は……?」


 教育係は穏やかに微笑んだ。


「私はこれまで通り礼儀や学問を担当いたします。魔法は専門の先生へお願いすることになりました」


 男性が一歩前へ出て、丁寧に名乗り出た。私も挨拶を返す。


「お嬢様は、六属性すべてに強い適正があったと伺っております」

「はい」

「生活魔法程度であれば、闇を除く五属性を扱える者は珍しくありません。しかし、それは強い適性とは別の話です」


 先生は続ける。


「二属性や三属性に強い適性を持つ方は珍しくありません。四属性であれば天才と呼ばれるでしょう。私もお教えしたことはあります」


 一拍置いて私を見る。


「ですが、六属性すべてに強い適性を持つ方は、見たことがありません」

「そうなのですね」

 そんなに珍しいものだったのか。




「私も指導が手探りになりますが、よろしくお願いします」

「よろしくお願いいたします」


 先生は頷き、話を続けた。


「まずは、現在のルシア様を知ることから始めましょう。これまでは、水魔法と風魔法を重点的に学んでこられたそうですね」


「はい。コップや木桶へ水をためたり、水球を動かしたり、風を吹かせたりしていました」


 教育係が補足する。

「ルシア様は、つい魔力を込めすぎてしまうことがございますので、これまでは制御を重視してお教えしておりました」


「なるほど」

 先生は納得したように頷いた。


「では、他の属性はいかがでしょう」

「土魔法は少しだけ試したことがあります。あとは光属性の治癒魔法を練習しています」

「火属性と闇属性は?」

「まだ使ったことがありません」

「理由を伺っても?」

「火は扱いを間違えると危ないと思いました。それに、闇は自分に適性があるとは思っていなかったので……」


 この国で闇魔法を扱える者は極めて少ない。

 だから私も、自分とは縁のないものだと思っていた。


 先生は腕を組み、少し考え込んだ。


「なるほど。つまり、これまで限界まで魔力を使った経験はないのですね」

「はい」

「教育係のご指導は、あくまで制御を身につけることが目的でした。それも必要な訓練です」


 先生は父へ一度視線を向け、それから私へ向き直る。


「ですが、今後の訓練方針を決めるには、現在の力の上限も把握しておかなければなりません」


 私は少し不安になった。


「危なくありませんか?」


 思わず父を見る。

 以前、風魔法で部屋を荒らしたように、訓練場を水浸しにしたように、皆が困ったことにならないだろうか。


 父は短く頷いた。


「危険だと思ったら迷わず止めろ」

「承知しております」


 先生も穏やかに微笑んだ。

 先生が見てくださるなら、大丈夫だろうか。


「では、水属性からお願いいたします」

「はい」


 私はゆっくりと手を前へ差し出した。


 朝の湖を思い浮かべる。

 風ひとつない静かな水面。鏡のように空を映し、ゆっくりと波紋が広がる景色。

 その水をそっと掬い上げるように魔力を流す。


 空気中の水滴が少しずつ集まり始める。

 一粒、また一粒。

 やがて掌の上で丸く形を整え、澄んだ水球が静かに浮かび上がった。


「結構です。次は風属性を」


 水球を霧のようにほどき、意識を切り替える。


 初夏の草原を吹き抜ける風。

 頬を優しく撫で、草花を揺らす、穏やかな風景を思い描く。


 前髪がふわりと揺れた。

 掌の上へ空気が集まり、小さな渦となって回り始める。


 その瞬間。思ったより強い風が訓練場を吹き抜けた。

 先生の外套が大きくはためき、手帳のページが一気にめくれ上がる。

 近くに立っていた騎士も思わず腕で顔を庇った。


「あっ」


 私は慌てて魔力を弱めた。


「……失礼いたしました」


 騎士たちから小さな笑い声が漏れる。

 教育係が苦笑した。


「いつものことです」


 先生も笑って頷いた。


「なるほど。確かに制御を重視された理由が分かりました」


 先生は外套を正した。


「水と風は十分ですね。土属性をお願いいたします」


 風をほどき、大地へ意識を向ける。


 雨を受けた畑。

 柔らかな土の匂い。根を支える力強い大地。


 掌の前で土が静かに盛り上がり、拳ほどの土塊となって浮かび上がった。


「ありがとうございます。最後に光属性を」

 土を静かに崩し、今度は胸の奥へ意識を向ける。


 夜道を照らす優しい灯火。

 暗闇を追い払うのではなく、人を安心させる穏やかな光。


 小さな光が掌に宿り、昼間でもはっきりと分かる淡い光球となって輝いた。


 先生は満足そうに頷く。


「では。ここから少しだけ難しくいたします」


 私は先生を見る。


「水、風を同時に維持してください」

「……はい」


 できるだろうか。

 私は小さく息を吸った。今まで同時に維持したことはない。

 でも、やってみよう。


 水球を浮かべ、その隣へ風の渦を生み出す。

 二つの魔法は互いに干渉することなく、静かに宙へ並んだ。


「よろしい。では、土も」


 さらに土塊を生み出す。

 三つの魔法が目の前へ並ぶ。


「問題ありません。では光も」


 私は頷き、最後に光球を灯した。


 水。風。土。光。

 四つの魔法が私の前で静かに揺れている。


 周囲の騎士たちが思わず息を呑んだ。


「四属性を……」

「七歳で……」


 先生も目を見開く。

「……素晴らしい」


 私は返事をする余裕もなく、四つの魔法へ意識を向け続けた。


 水面がわずかに揺れる。水へ魔力を送る。

 すると風の流れが乱れた。風を整える。

 今度は土塊の表面に小さな亀裂が入る。土へ魔力を回す。

 その間に光が少しだけ弱くなった。


 一つを支えれば、一つが揺らぐ。

 四つとも同じように見えて、それぞれ必要とする魔力の流れが少しずつ違う。


 まるで四人と同時に会話をしているようだった。


 誰か一人へ意識を向ければ、別の誰かを待たせてしまう。


 だから全員の様子を見ながら、少しずつ言葉を返すように魔力を巡らせる。


 もっと滑らかに。もっと均等に。もっと安定させたい。

 四つの魔法は静かに揺れながら、私の前で輝き続けていた。


「そのまま」


 先生が言う。


 私は頷いた。


 もっと安定させたい。

 全部崩したくない。


「ルシア様」


 先生が声を掛けた。


 私は返事をしない。

 少しでも気を逸らしたら、崩れてしまいそうだった。


「ルシア」


 父の声だった。

 返事をしようとしたが……できない。

 今返事をすると、水が崩れる。


 今はまだ。あと少しだけ。

 もっと安定させたい。


「ルシア」


 二度目の声。

 私はようやく顔を上げた。


「はい……?」

「終わりだ」

「ですが、まだできます」


 父は静かに頷いた。


「知っている」

 父はゆっくりと私の前まで歩いてきた。


「父上?」

 父は四つの魔法には目もくれず、私の顔を見つめていた。


「ルシア」

「はい」


 父は私の顔を見つめたまま言う。


「息をしてみろ」


 言われて初めて、自分へ意識を向けた。


 息が浅い。肩が上下している。

 腕も少し震えていた。

 額には汗が滲んでいる。


「……あ」


 私は慌てて四つの魔法を消した。


 大きく息を吸う。ようやく胸が楽になった。


 先生も小さく息を吐いた。

「旦那様」

「どうだ」

「十分です」


 先生は静かに頷いた。


「ここまで確認できれば、今後の指導方針は立てられます。四属性を同時に維持できたことにも驚きました。しかし、それ以上に分かったことがあります」

「何だ」

「ルシア様は、魔法へ集中すると、ご自身の状態への意識が薄くなります」


 先生は私を見た。


「六属性を持つ方は、これから複数の属性を組み合わせる場面が増えるでしょう。その時に最も大切なのは、魔法ではなく、ご自身を見失わないことです」


 父は静かに頷いた。


「だから止めた」

「はい」


 先生は深く一礼する。


「今日の診断で十分です。火属性と闇属性は、焦って習得する必要はございません」


 私は少しだけ肩を落とした。

 火魔法も、闇魔法も、少し楽しみにしていた。

 その様子を見ていた父が、小さく笑う。


「不満そうだな」

「……少しだけです」

「もっと続けたかったか」

「はい」


 魔法がもっとうまくなれば、病気で苦しむ人を助けられるかもしれない。

 母の力にもなれる。

 神子候補として期待してくれている領民もいる。

 私にできることがあるなら、その期待にも応えたい。


 父は私の頭へ手を置いた。


「焦るな」

「……はい」

「力は逃げん」


 私はしぶしぶ頷いた。


 父が私を案じているだろうことは分かっている。

 けど、はやく誰かの力になりたい。

 そんな気持ちでいっぱいだった。



 訓練場を出ると、初夏の風が頬を撫でた。

 屋敷へ戻る途中、父は珍しく口を開く。


「疲れたか」

「少しだけです」

「よく頑張った」


 父からそう言われることは滅多にない。

 それだけで胸が少し温かくなった。


 屋敷へ戻ると、庭園の東屋で母がお茶を飲んでいた。

 白い花が風に揺れ、母は花壇を眺めながら穏やかに微笑んでいる。


 私たちに気付くと、優しく手を振った。


「おかえりなさい」

「ただいま戻りました、お母様」

「魔法のお勉強はいかがでしたか」

「今日は四つの魔法を同時に使いました」


 母は少し目を丸くした。

「まあ」

 その一言だけだった。


 驚いてはいるけれど、六属性だからと特別視している様子はない。

 いつもの母だった。


「でも、父上に止められてしまいました」


 私が少しだけ唇を尖らせると、母はくすりと笑った。


「そう。悔しかった?」


 私は少し考え、小さく頷いた。


「……はい。もっと続けられると思いました」


 母は私の頭をそっと撫でる。


「悔しかったのね」


 その一言だけで、胸の奥にあった悔しさが少しだけ和らいだ。


 父が静かに口を開く。


「必要だった」

「ええ」


 母は微笑んだまま頷く。


「あなたが止めた理由も分かっています」


 父は何も答えない。

 母は私の顔を覗き込んだ。


「でも今日は、四つも同時に魔法を使えたのでしょう?」

「はい」

 母は嬉しそうに笑った。


「頑張ったのね」


 その一言だけだった。


 褒められたのは、四つの魔法ではない。

 私だった。

 なんだか胸が温かくなる。


「ちょうどお昼の時間ですね」


 母が立ち上がる。


「今日は料理長に、庭園の木苺でタルトを焼いてもらったのよ。ルシアが好きでしょう?」

「本当ですか?」

「ええ」


 思わず顔がほころぶ。

 その様子を見た母も笑い、父も小さく口元を緩めた。


「参りましょう」


 三人で屋敷へ向かう。

 父は前を歩き、母は私の隣を歩いていた。


 初夏の柔らかな風が庭を吹き抜け、花々が静かに揺れていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ