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救済の神子はまだ知らない  作者: 染井吉野
神子候補編
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03.思ったようには期待に応えられないようです


 今日は、久しぶりに淑女教育がお休みの日だった。

 庭園で乳母の子たちと遊んでいるが、屋敷の中で過ごしてばかりだから、町に行きたいなぁ。

 たまには羽を伸ばしたい。


「町にお出かけするけど、テオとミーナも一緒に行く?」

「「行く!」」

 元気よくハモった二人を見て、私は頬が緩んだ。



「父上、町へ行きたいです」

 まだまだ外出には父の許可が必要なので、父の執務室を訪れた。


「何をしに行く?」

「給水所の様子を見たいです」

 それっぽい理由をつけてみた。給水所も気にはなっている。本当は遊びたいだけだけど。


「……護衛を増やせ」

 最近、父はますます過保護になってきた。


「テオとミーナも一緒に行っていいですか?」

「うむ。テオは将来領民を守る騎士になるなら、領地を知っておくのもいいだろう」

「ありがとうございます!」


 乳母とテオ、ミーナ。

 それに侍女二名と従者たち、さらに六人の護衛騎士を連れて町へ向かうことになった。

 

 ……思っていたよりも、大げさな護衛だ。これまでは二、三人だったのに。

 七歳の祝賀式以来、護衛の人数が大幅に増えた。


 少しうんざりした気持ちになりながらも、久しぶりに領都の城下町を訪れた。


 市場には焼きたてのパンの香りと行商人の威勢のいい声が満ちている。

 色鮮やかな野菜や果物が並び、人々は夏を迎える支度に忙しそうだった。



 テオとミーナも嬉しそうに町を眺めている。

 ミーナは魚や果物を、テオは露店に並ぶ剣を見つめていた。


 給水所の前では、何人もの人が桶を持って並んでいた。

 私に気付いた人々が次々と頭を下げる。


「ルシアさまだ!」

 子供が私の馬車を指差した。


「給水所を作ってくださったお嬢様だ!」

「騎士様いっぱいだ」

「ルシア様は神子候補だからな」

「いや、もう神子さまだろ!」


 馬車のそばに、続々と人が集まってきた。


「この前、怪我人を治したお嬢様だ!」

「うちの母ちゃんも腰が楽になったって言ってたぞ」


 私は馬車の窓から微笑み、静かに手を振る。

 なんだか有名人になった気分だった。いや、有名人なのか。

 どうしても実感が湧かない。


 その輪をかき分けるように、一人の女性が現れた。


「うちの子の病気を治してください!」

 腕の中には、ぜぇぜぇと音をたてて息をしている幼子がいた。


 困惑していると、さらに人が集まってきた。


「夫を助けてください!仕事で怪我をしたんです!」

「神子さまなら治せるでしょう?」

「神子候補さま!」

「お願いします!」


 人々が次から次へと、私に縋り付くように手を組んだ。

 私はその様子に呆然とする。


 ……どうしよう。


 乳母を見たが、乳母も少しうろたえた後に、


「ルシア様、お気になさらないでください」

「ですが……」

「皆さまお困りなのでしょう。けれど、ルシア様は施療師ではありません」


 乳母はそう、優しく微笑んだ。


 たしかに、一人一人のお願いを聞いていたら大変なことになる。

 でも、本当にそれで良いのだろうか。


「……神々よ、どうかお守りください」

 どんな結果になるか分からないが、みなの苦しみが癒えるよう祈った。


 すると、淡い光の粒は初夏の風に乗って、人々の間を静かに流れていった。

 朝露のような光は一人ひとりへ降り注ぎ、触れた場所からそっと溶けるように消えていく。


 光が消えた瞬間、誰もが固唾を呑んで様子を見守った。


 やがて、喜びの声が上がった。

「痛みが和らいだ!」

「疲れが取れたぞ!」


 一方で、不満の声も聞こえてきた。

「治っていないわ!」

「神子さま、こちらにも!!」


「ルシア、すごい!」

「テオ」

 キラキラとした瞳で私を見つめるテオを、乳母が厳しく諫めた。

 テオも七歳なので教育を受けているが、

 幼いころから一緒に育った私に対する敬語は抜けがちだった。


 ……敬語なんて、なくても良いのに。

 以前なら、誰も厳しい注意はしていなかったのに。

 神子候補になってから、皆が少しずつ変わっていく気がした。


 ぜぇぜぇと苦しそうに息をしていた子は、青白かった頬にわずかに赤みが戻っていた。

 呼吸は少しだけ楽になったように見えた。それでも咳だけは止まらず、小さな胸は苦しそうに上下していた。


「神子さまなら何とかできるでしょう!?」

「お願いです……!」

「この子を助けてください……」


 そう言って、母親は苦しそうな子供を抱きしめたまま、何度も頭を下げていた。

 子供は苦しそうに咳き込み、母親の服を握りしめていた。

 母親は期待した目で私を見る。


 私は何もできなかった。


 期待されることも、誰かの役に立てることも嬉しい。

 けれど――。


 ごめんなさい。

 その言葉さえ、口から出てこなかった。


 助けてあげたい。だけど、私の力では、どうにもできない。


 神子候補だと言われても。聖女だと呼ばれても。

 私は、たった一人の病気の子供すら救えなかった。

 

 領民の期待に応えられないことが、とてももどかしかった。


 もっと勉強しないと。


 もっと魔法を学ばないと。


 そうでなければ、本当に困っている人を救えない気がした。


 まだまだ私は無力だった。



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