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20.こうして慈愛の日を始めるようです

 工事現場での事故から数日が過ぎた。


 あの日の出来事は、水公爵邸でも話題になっていた。

 あの日、私が祈った直後に怪我人たちは癒された。


 けれど、私自身は何が起きたのか分からない。


 父も、あの日の出来事を偶然で終わらせるつもりはなかったらしい。

 数日後、私は騎士館へ呼ばれた。


 訓練場には父と数人の騎士たちが集まっていた。


「ルシア」

「はい、父上」

「あの日の力を確かめたい」


 私は静かに頷く。


「私も知りたいです」


 父は騎士たちへ目を向けた。


「まだ怪我の残っている者から前へ」


 三人の騎士が進み出た。

 一人は肩をかばっている。一人は足を少し引きずっていた。

 もう一人は腕に包帯を巻いている。


 魔獣との戦いや巡回任務で負った怪我が、まだ完全には治っていないらしい。


 私は最初の騎士の前へ立った。


「剣は振れますが、肩が最後まで上がりません」


 私はそっと手を合わせる。


「神々よ、どうかこの方をお守りください」


 胸の奥が少しだけ温かくなった。

 掌から白い光がこぼれる。光は騎士の肩を包み込んだ。


 騎士はゆっくりと腕を動かす。


「……軽くなっています」


 周囲がざわついた。


 続いて二人目。膝の古傷だった。

 光は痛みを和らげたが、違和感までは消えない。


 三人目。

 傷はゆっくりとふさがり、痛みも軽くなっていく。

 けれど、骨折していた腕は完全には治らなかった。


 父は静かに言う。


「どうやら、あの日と同じ力ではないようだな」

「はい……」


 私は自分の手を見つめた。

 どうして、あの日だけあんなことが起きたのだろう。


 結局、その答えは誰にも分からなかった。


 それでも一つだけ分かったことがある。

 私の魔法は、小さな怪我や痛みなら和らげられる。


 完全ではない。でも、役に立たないわけでもない。


「久しぶりに剣を振れそうです」

 治療した騎士が笑顔で私に感謝を述べた。

 私でも、できることが、もっとあるかもしれない。



 その日の夜。私は父の執務室を訪ねた。


「父上、お話があります」

「入りなさい」


 父は仕事の手を止めた。


「どうした」


 私は椅子へ座ることも忘れ、そのまま父を見つめた。


「今日、騎士の方が笑ってくださいました。私、とても嬉しかったです。もっとたくさんの人を笑顔にしたいです」


 私は胸の前で手を組んだ。


「私、もっと治癒魔法を上手になりたいです」


 父は黙って聞いている。


「あの日みたいに、人を助けられるようになりたいです。ですが、今の私はまだそこまでできません」


 私は小さく息を吸った。


「だから、もっとたくさん治癒魔法を使いたいのです」

「どうするつもりだ」

「怪我をした方や疲れている方が多く集まる場所があります。公衆浴場です」


 父は少し眉を動かした。


「浴場か」

「はい。施療院の治癒魔法師さんほどの力は、まだ私にはありません」


 私は目を伏せた後に、父をまっすぐと見据えた。


「ただ、肩や腰を痛めている方。小さな怪我をした方。仕事で疲れている方。そういう方なら、私にもお役に立てると思います」


 父は黙って話を聞いていた。


「それに、湯へ入りに来る方も増えるかもしれません。体をきれいにする人が増えれば、病気になる方も少しは減るはずです」


 父は腕を組んだ。


「治癒魔法の鍛錬にもなる、ということか」

「はい。もっと上手になれば、もっと多くの方を助けられます」


「浴場には多くの人が集まる。お前の負担も大きい。大丈夫なのか」

「全ての方を癒すことはできません。でも、一人ずつなら」


 父はしばらく考え込んでいた。

 やがて、小さく頷く。


「施療院ほど重い患者を診るわけではない。浴場なら試す場としては悪くない」


 思わず顔が明るくなる。


「ただし、月に一度だけだ。護衛騎士を同行させる。無理はしない。必ず休憩を取る。約束できるか」

「はい!」


 私は大きく頷いた。


     


 数日後。

 父の許可を得て、公衆浴場では月に一度、「慈愛の日」が開かれることになった。


 私は護衛騎士と侍女を伴い、公衆浴場を訪れた。


「本当に治していただけるのか?」

「ルシア様が来られるらしい」

「少し肩が痛むし、お願いしてみようかな」


 浴場から上がった人たちが、少しずつ列を作り始めた。

 

「肩が痛くてねぇ」

「仕事で腰を痛めまして」

「今日は体が重くって」


 私は一人ひとりへ治癒魔法を掛けていく。

 掌から溢れる白い光。


 そのたびに、

「軽くなった」

「ありがとうございます、ルシア様」

「また仕事を頑張れそうだ」


 そんな笑顔が返ってきた。


 奇跡のような治癒は起こせない。重傷を癒すことも、まだできない。


 それでも、一人の痛みを和らげることはできる。

 一人を笑顔にすることはできる。

 それを何度も繰り返していけば、きっと私はもっと上手になれる。


 もっと多くの人を助けられるようになる。


 そう信じながら、私は次の人へ微笑みかけた。


「今日はどちらがおつらいですか?」


 一人、また一人と笑顔になって帰っていく。


 あの日のような奇跡は、まだ起こせない。

 でも、奇跡を待つだけでは、誰も救えない。


 だから私は、目の前の一人へ手を伸ばす。


 いつか、本当に誰かを救えるその日まで。


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