19.どういうわけか私の祈りには力が宿るようです
父と一緒に、公衆衛生の改善状況を見るため領都の城下町を視察した。
給水所の評判は予想以上に良く、利用者も増え続けていた。
給水する人の確保もできつつあるため、父は来年の夏を見据え、今のうちに貯水槽をもう一つ増やすことを決めた。
秋から冬にかけては農作業も落ち着き、職人を集めやすい時期でもあるらしい。
工事現場では、澄んだ空気の中、木槌を打つ乾いた音が響いていた。
吐く息は白く、職人たちは厚手の上着を脱いで額の汗を拭っていた。
石工たちが石材を削り、荷馬車は石材や土を運び、大工が足場を組む。
なかでも土魔法の使い手は、地面を均したり、基礎を固めたりしている。
魔法を使える者たちは、大規模な魔法を使う力はないけど、職人の仕事を助ける程度なら使えるようだった。
新しい貯水槽には祝福を授ける予定らしく、水神大聖堂の司祭様も同行していた。
「急げ急げ!」
「石材を運べ!」
現場は活気に満ちていた。職人たちは高い足場の上を慣れた足取りで歩き回っている。
公爵家の文官が、帳簿を片手に工事の進捗を確認している。
この貯水槽が完成すれば、もっと多くの人がきれいな水を使える。
給水所を作ったことは、無駄ではなかった。
私は胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。
――その時だった。
どこかで木材の軋む音がした。
「足場が傾いてるぞ!!」
「支えろ!」
「危ない!!」
誰かの叫び声が響いた。
次の瞬間、組み上げていた木製の足場が崩れた。
あたりに人々の悲鳴が広がった。
「う、うっ……」
苦しそうな悲鳴に思わず駆け寄ろうとすると、
「ルシア様!危険でございます」
同行している護衛騎士たちに阻まれた。
倒れた足場に、数人が下敷きになっている。
周囲の人々が協力しあって、足場を動かしている。
父の指揮で、一部の護衛騎士たちもそれを手伝った。
下敷きになっていた人は救出されたが、
額から血を流す者、腕を押さえる者、動けなくなった者。
足が明らかに不自然な方向に曲がっている者もいる。
「骨折だ!」
「こっちは重傷だ!」
「司祭様!」
司祭様が急いで怪我人のそばへ駆け寄る。
聖印を掲げ、祈ると、掌から淡い光が溢れた。
光は傷口を包み、流れていた血が少しだけ収まった。
しかし――司祭様も額の汗を拭った。
「ここまで重傷では……私一人では……」
苦悶する人々が見える。鉄の臭いがする。
痛そうだ。苦しそうだ。
さっきまで笑って仕事をしていた人たちなのに。
給水所を作ってくれていた人たちなのに。
助けたい。
――助かってほしい。
「神々よ、どうかお守りください」
思わず私は祈った。私が怪我をした時に、乳母や母が祈ってくれるように。
目を伏せ、胸の前でそっと手を組んだ。
すると、胸の奥がじんわりと温かくなった。
まるで心臓の鼓動に合わせるように、その温もりは全身へ広がっていく。
掌から柔らかな白い光が溢れ出した。
光は波紋のように静かに広がり、倒れていた人々を優しく包み込んでいく。
あたりは昼間にもかかわらず、淡い光に満たされ、誰もが息を呑んだ。
「なんだ!?」
「光が……」
光に包まれた次の瞬間――
額から流れていた血が止まり、裂けた皮膚が目に見える速さで閉じていく。
腫れ上がっていた腕から赤みが引き、苦しそうに押さえていた手がゆっくり離れる。
動けずに横たわっていた男も、小さく息を吸うと、自らの力で体を起こした。
足が不自然な方向に曲がっていた男も、白い光に包まれると腫れが引き、ゆっくりと足を動かした。
恐る恐る立ち上がると、何度も自分の足を見つめている。
苦しみに歪んでいた人々の表情は、みるみる穏やかになっていった。
「治癒魔法だ!」
「光は……ルシア様から!?」
「ルシア様の御力だ!」
「痛みが和らいだぞ!」
「神々のお恵みだ……!」
民衆から歓声があがった。
……今のは、私がやったのだろうか。
ただ祈っただけなのに。魔法を使おうとしたわけではない。
さっきまで工事現場を満たしていた悲鳴は消え、驚きと歓喜の声だけが響いていた。
まさかの事態に困惑し、父を見上げた。
父は眉をひそめて、周囲を見渡していた。
民衆は歓声を上げ、司祭様は言葉を失い、文官たちは互いに顔を見合わせている。
父は静かに息を吐いた。
不安そうな私に気が付くと、父は頭をポンと撫でてくれた。
……私が祈ったから?
よく分からない。それでも、もし今の光で助けられたのなら。
私にも、人を助けられる力があるのかもしれない。
そう思うと、胸の奥が少しだけ温かくなった。
「……あのような治癒魔法は見たことがない」
司祭様は険しい顔で私を見つめていた。
喜ぶ人々とは違う、その表情だけが胸に引っかかった。
けれど私は、自分に何が起きたのかも分かっていなかった。
その場にいた誰もが、ただ立ち尽くしていた。
「神よ……」
司祭様の震える声だけが、静まり返った工事現場へ小さく響いた。




