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19/23

19.どういうわけか私の祈りには力が宿るようです


 父と一緒に、公衆衛生の改善状況を見るため領都の城下町を視察した。


 給水所の評判は予想以上に良く、利用者も増え続けていた。

 給水する人の確保もできつつあるため、父は来年の夏を見据え、今のうちに貯水槽をもう一つ増やすことを決めた。

 秋から冬にかけては農作業も落ち着き、職人を集めやすい時期でもあるらしい。

 

 工事現場では、澄んだ空気の中、木槌を打つ乾いた音が響いていた。

 吐く息は白く、職人たちは厚手の上着を脱いで額の汗を拭っていた。

 石工たちが石材を削り、荷馬車は石材や土を運び、大工が足場を組む。


 なかでも土魔法の使い手は、地面を均したり、基礎を固めたりしている。

 魔法を使える者たちは、大規模な魔法を使う力はないけど、職人の仕事を助ける程度なら使えるようだった。


 新しい貯水槽には祝福を授ける予定らしく、水神大聖堂の司祭様も同行していた。


「急げ急げ!」

「石材を運べ!」

 現場は活気に満ちていた。職人たちは高い足場の上を慣れた足取りで歩き回っている。


 公爵家の文官が、帳簿を片手に工事の進捗を確認している。


 この貯水槽が完成すれば、もっと多くの人がきれいな水を使える。

 給水所を作ったことは、無駄ではなかった。


 私は胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。

 

 ――その時だった。

 どこかで木材の軋む音がした。


「足場が傾いてるぞ!!」

「支えろ!」


「危ない!!」


 誰かの叫び声が響いた。

 次の瞬間、組み上げていた木製の足場が崩れた。


 あたりに人々の悲鳴が広がった。


「う、うっ……」


 苦しそうな悲鳴に思わず駆け寄ろうとすると、


「ルシア様!危険でございます」

 同行している護衛騎士たちに阻まれた。


 倒れた足場に、数人が下敷きになっている。

 周囲の人々が協力しあって、足場を動かしている。


 父の指揮で、一部の護衛騎士たちもそれを手伝った。


 下敷きになっていた人は救出されたが、

 額から血を流す者、腕を押さえる者、動けなくなった者。

 足が明らかに不自然な方向に曲がっている者もいる。



「骨折だ!」

「こっちは重傷だ!」

「司祭様!」

 司祭様が急いで怪我人のそばへ駆け寄る。

 聖印を掲げ、祈ると、掌から淡い光が溢れた。


 光は傷口を包み、流れていた血が少しだけ収まった。


 しかし――司祭様も額の汗を拭った。

「ここまで重傷では……私一人では……」


 苦悶する人々が見える。鉄の臭いがする。


 痛そうだ。苦しそうだ。

 さっきまで笑って仕事をしていた人たちなのに。

 給水所を作ってくれていた人たちなのに。

 助けたい。

 ――助かってほしい。


「神々よ、どうかお守りください」

 思わず私は祈った。私が怪我をした時に、乳母や母が祈ってくれるように。

 目を伏せ、胸の前でそっと手を組んだ。


 すると、胸の奥がじんわりと温かくなった。

 まるで心臓の鼓動に合わせるように、その温もりは全身へ広がっていく。


 掌から柔らかな白い光が溢れ出した。


 光は波紋のように静かに広がり、倒れていた人々を優しく包み込んでいく。

 あたりは昼間にもかかわらず、淡い光に満たされ、誰もが息を呑んだ。


「なんだ!?」

「光が……」


 光に包まれた次の瞬間――

 額から流れていた血が止まり、裂けた皮膚が目に見える速さで閉じていく。

 腫れ上がっていた腕から赤みが引き、苦しそうに押さえていた手がゆっくり離れる。

 動けずに横たわっていた男も、小さく息を吸うと、自らの力で体を起こした。


 足が不自然な方向に曲がっていた男も、白い光に包まれると腫れが引き、ゆっくりと足を動かした。

 恐る恐る立ち上がると、何度も自分の足を見つめている。


 苦しみに歪んでいた人々の表情は、みるみる穏やかになっていった。


「治癒魔法だ!」

「光は……ルシア様から!?」

「ルシア様の御力だ!」

「痛みが和らいだぞ!」

「神々のお恵みだ……!」


 民衆から歓声があがった。


 ……今のは、私がやったのだろうか。

 ただ祈っただけなのに。魔法を使おうとしたわけではない。


 さっきまで工事現場を満たしていた悲鳴は消え、驚きと歓喜の声だけが響いていた。


 まさかの事態に困惑し、父を見上げた。

 父は眉をひそめて、周囲を見渡していた。


 民衆は歓声を上げ、司祭様は言葉を失い、文官たちは互いに顔を見合わせている。

 父は静かに息を吐いた。

 不安そうな私に気が付くと、父は頭をポンと撫でてくれた。


 ……私が祈ったから?

 よく分からない。それでも、もし今の光で助けられたのなら。

 私にも、人を助けられる力があるのかもしれない。


 そう思うと、胸の奥が少しだけ温かくなった。


「……あのような治癒魔法は見たことがない」


 司祭様は険しい顔で私を見つめていた。

 喜ぶ人々とは違う、その表情だけが胸に引っかかった。


 けれど私は、自分に何が起きたのかも分かっていなかった。

 その場にいた誰もが、ただ立ち尽くしていた。


「神よ……」


 司祭様の震える声だけが、静まり返った工事現場へ小さく響いた。


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