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16/22

16.ためしに皆で町を掃除してみるようです

 数日後。


 光神祭を翌日に控えた領都は、朝からいつもとは違う賑わいを見せていた。


 教会では司祭様たちが祭壇を磨き、鐘楼では鐘守が鐘の手入れをしている。

 商店では店先の飾り付けが進み、露店には冬の花々が並んでいた。


 そんな中、市場の広場には、箒や熊手、木桶を手にした人々が集まっていた。


「本当に掃除をするのか?」

「公爵様のお達しらしいぞ」

「ルシア様のご提案だとか」


 あちこちでそんな声が聞こえる。


 私も父と姉と兄と一緒に市場へやって来た。

 姉は学院の長期休みで帰ってきていた。掃除をするからと、今日は普段より動きやすい服装をしている。

 母は、体調が優れないため屋敷で静養している。


「緊張しているのか?」

 兄が少し笑いながら尋ねる。

「……少しだけです」

「大丈夫だ。父上がいる」


 そう言って兄は私の頭を軽く撫でた。

 私の発案を、父が形にしてくれた。無事に終わるだろうか。


 父の後ろには治水担当の文官や騎士たちが並び、その横では商人組合の代表や町内の世話役たちが顔を揃えている。

 思っていたより大勢だ。


 父は集まった人々を見回した。


「本日は試験的に、市場周辺、給水所、教会前の清掃を行う」


 市場が静まり返る。


「参加は強制ではない」


 父はゆっくりと言葉を続けた。


「だが、水路が詰まれば、役人だけではなく、商人も職人も農民も困る」


 市場の奥では製粉所の職人たちが頷いている。


「今日の結果を見て、今後も続けるべきか判断する」


 父の言葉が終わると、人々は互いの顔を見合わせた。


 すると、一人の初老の商人が前へ出る。


「市場の掃除なら、わしら商人も手伝いましょう」

「おお、俺もやるぞ」

「教会の前くらいならすぐ終わる」


 少しずつ賛同の声が広がっていく。

 私はほっと胸を撫で下ろした。


「では始める」


 父の合図で、人々が一斉に動き出した。


 商人たちは店先の落ち葉を集め、役人は側溝に溜まった泥を掻き出していく。

 騎士たちは重い土砂を運び、子どもたちは小さな箒で落ち葉を集めていた。


 私も侍女から小さな箒を受け取る。

「ルシア様、お手を汚されます」

「私が言い出したことですから」


 そう答えると、侍女は困ったように笑い、小さな籠を持って隣に立った。


 私は教会前の石畳に積もった落ち葉を掃き集める。

 冷たい風が吹くたび、落ち葉がさらさらと音を立てて転がっていく。


「ルシア、そっちは俺がやる」

 振り返ると、兄が側溝へ詰まっていた太い枝を持ち上げていた。

「ありがとうございます」

「力仕事は任せろ」


 そう言って笑う兄の横では、子どもたちが目を輝かせていた。


「ルシア様も掃除してる!」


 子どもたちが嬉しそうに駆け寄ってきた。


「一緒にやりましょう」

「うん!」


 気が付けば、子どもたちも競うように落ち葉を集め始めていた。

 小さな女の子も、私の真似をして箒を動かし始めた。


「こう?」

「そうです。上手ですね」

「えへへ!」


 その子のお母さんが慌てて頭を下げる。


「申し訳ありません、ルシア様」

「大丈夫です。一緒にお掃除してくれて嬉しいです」


 周囲からも笑い声が上がった。


「ルシア、髪に葉っぱが付いているわよ」

「あ、本当です」

 姉は笑いながら私の髪から枯れ葉を摘まみ取ってくれた。

「頑張り過ぎよ」

「でも、まだ終わっていません」

 姉は苦笑しながら、近くで掃除をしていた子どもへも声を掛ける。

「無理をしないでね。疲れたらちゃんと休むのよ」

「はーい!」

 そういうところは、お母様にそっくりだと思った。


 やがて側溝に詰まっていた落ち葉が取り除かれると、それまで淀んでいた水が音を立てて流れ始める。


「おお」


 誰かが思わず声を上げた。


 澄んだ水は冬の日差しを受け、きらきらと輝きながら用水路へ流れていく。


「流れたぞ!」

「こんなに違うものか」


 治水担当の文官は帳簿へ何かを書き留め、父は静かにその様子を見つめていた。


 昼頃には三区画すべての清掃が終わった。


 市場には落ち葉一枚落ちておらず、教会前の石畳も明るく見える。

 側溝の水は澄み、心地よいせせらぎが耳に届いていた。


「父上」

 兄が声を掛ける。


「どう思われますか」

「悪くない」

 父は短く答えた。


「続けられるのであればな」


 その言葉に兄は静かに頷いた。


 父は治水担当へ視線を向ける。


「どうだ」

「予定より一刻ほど早く終わりました」


 文官は帳簿を確認する。


「役人だけで行うより、必要な人員も大幅に少なく済みそうです」


 父は満足そうに頷いた。


「記録は続けろ」

「はっ」


 その言葉だけだったけれど、私は嬉しかった。


 父が、この取り組みを前向きに考えてくれている。


 それが分かったからだ。


     


 昼になると、領都中の鐘が高らかに鳴り響いた。

 私たちは家族で水神大聖堂へ向かう。


 教会の前では、侍女に付き添われた母が待っていた。


「お母様」


 私はそばに歩み寄った。

 母は少し顔色こそ青白いものの、優しく微笑んで私を抱きしめてくれた。


「今日は来られたのですね」

 母はあまり体調が優れないため、屋敷で静養していることが多い。


「ええ。三人とも、とても頑張ったと聞きましたから」


 母は私と姉と兄を順番に見つめた。


「見届けたくなってしまいました」


「私は少し手伝っただけです」

 姉は控えめに微笑んだ。


 兄も照れくさそうに肩をすくめた。

「大したことはしていません」


「そんなことありません」

 母は首を横へ振る。


「人のために動こうと思うことが、とても大切なのですよ」


 父は母の隣へ歩み寄る。


「無理はするな」

「少しだけです」

 母は安心させるように微笑んだ。


「家族みんなで新年を迎えたかったのです」


 父も小さく頷く。


「……そうか」


 その一言だけだったけれど、とても優しかった。



 教会の中には領民たちが静かに集まり、水神様の像の前には白い花が供えられている。


 祭壇の水盤には澄んだ水が満たされ、冬の日差しが水面を青く照らしていた。


 司祭様が祈りを捧げる。


「神々よ。今年も我らへ恵みを」


 澄んだ聖歌が堂内へ響き渡る。


 私も父と母、そして姉と兄の隣で手を組んだ。


 今年も、みんなが笑って暮らせますように。

 病気になる人が少なくなりますように。


 そんな願いを込めて目を閉じた。


 


 翌日の光神祭当日。領都は祭り一色だった。


 楽師が陽気な音楽を奏で、人々は笑顔で踊っている。

 屋台には焼きたてのパンや温かなスープ、甘い焼き菓子が並び、香ばしい匂いが辺りへ漂っていた。


「ルシア」

 兄が私を呼んだ。

「あれを見てみろ」

 指差した先では、子どもたちが昨日掃除した給水所の周りで遊んでいた。


「町、きれいになったね!」

「水もきれい!」

 嬉しそうにはしゃぐ声が聞こえてくる。


 少し離れたところでは、おばあさんが桶へ水を汲みながら微笑んでいた。

「今年も安心して水が飲めるねぇ」


 その言葉に胸が温かくなる。


「ルシア」

 母は私の手を優しく握った。

「皆さん、とても良いお顔をしていますね」


 私は領民たちを見渡す。


「……はい」


「どうしてだと思いますか?」


 私は少し考える。


「町が綺麗になったから、ではないのでしょうか」


 母は穏やかに微笑んだ。


「それもあります」


 母は給水所の前で笑い合う人々へ視線を向ける。


「でも、それだけではありません」


 私は首を傾げた。


「ルシアが皆さんのことを思ったからですよ」

「私が……?」

「ええ。誰かを思ってしたことは、ちゃんと相手へ伝わるものです」


 母は私の頭を優しく撫でた。


「だから、皆さんはこんなに素敵な笑顔なのでしょうね」


 父は賑わう町を見渡し、小さく口を開く。


「悪い景色ではないな」


 兄が笑う。

「来年はもっと多くの人が参加するかもしれませんね」

「ああ」

 父は短く頷いた。


「きっと参加してくださいます」

 姉も町を見渡しながら微笑む。

「皆、とても楽しそうですもの」


 母も静かに頷いた。

「ええ。笑顔は笑顔を呼びますから」


「お母様の言う通りですね」

 姉は母によく似た顔で微笑んだ。

「皆さんが笑っていると、私まで嬉しくなります」


 母も静かに頷いた。


 私は家族と領民たちを見回した。


 一人では難しいことも、みんなで力を合わせればできる。


 新しい年が、この笑顔とともに続いていけばいい。


 そう願いながら、私は冬空の下、賑わう領都の景色をいつまでも見つめていた。



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