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13/17

13.どうにも神子候補には覚悟が必要なようです


「今日は、ルシアに紹介したい人がいるのよ」

 姉であるセシリアさんがそう述べた。

 普段は学院の寄宿舎に住んでいるが、今は屋敷に帰ってきている。

 どうやら学院は夏の長期休暇に入ったようだった。


「だれ?」

「私の大切なお友達よ」

 久しぶりに友人に会えるからか、セシリアさんからは嬉しそうな声が弾んだ。


 人に会う用のおめかしをして、庭園に出た。

 姉と並んで座っていると、黒髪を陽光に艶めかせた少女がゆっくりと歩いてきた。


「エレオノーラ!久しぶり!」

「久しぶり、セシリア」

「こちら、私の妹のルシア」

「ルシア・アクエリアです、お初お目にかかります、エレオノーラ様」

「はじめまして、ルシア様。エレオノーラ・グランツです。本日はよろしくお願いしますわね」


 エレオノーラ様は、長い黒髪を揺らしながら、黒い瞳を細めて優しく笑った。

 姉と同い年らしいので、まだ十一歳だと思うが、とても気品のある少女だった。


 私と同じ黒髪黒目。この世界では鏡でしか見たことのない色だった。

 日本にいる頃を思い出させるようで、不思議と親近感を覚えた。


 どうやら彼女は皇帝の弟の娘らしい。――皇族だ!

 私の家より家格が高い人と話すのは初めてだ。思わず背筋が伸びた。

 教育係から何度も礼儀を教えられたことを思い出す。緊張してきた。


「エレオノーラは、このあと水神大聖堂に行くの?」

「ええ。神子候補として各地の聖堂を学んでいるの」


 庭園に流れる噴水の音だけが、静かに響いていた。


「神子候補……」

「エレオノーラはね、光と闇の両方の魔法が使えるのよ」

 姉は、我が事のように自慢をした。


「……闇も使えてしまうけどね」

「それは、お母様がノクティス王国の王女様だったから当たり前じゃない!

 きっと、皇国と王国の架け橋になるわ」

「そうだといいのだけれど……」


 ???

「難しいです……」

 よくわからなくなってきた。

 姉とエレオノーラ様は苦笑した。


 確か、ノクティス王国とは、私がいるルミナリア皇国と長らく敵対していた王国のことだ。

「ノクティス王国は、むかし戦争していた国ですよね?」

「そうよ」

 姉が頷く。


 私は庭園の噴水へ視線を向けた。

 水面は穏やかなのに、昔は国同士が戦っていたという。

 この静かな景色からは想像もできなかった。


「停戦の花嫁はまだ習ってない?」

「停戦の花嫁?」

 姉の言葉に、私は首を傾げた。

「戦争を終わらせるために嫁いだ王女様のことよ。お互いの国が送り合ったの」


「その花嫁が、私の母にあたるの」

 エレオノーラ様が補足してくれた。

 話は難しかったけれど、つまり――エレオノーラ様は、ルミナリア皇国とノクティス王国の2つの王族の血を引いているのか。


「ノクティス王国は、黒髪黒目の人が多いのよね、いつか行ってみたいなぁ」

 姉はそう言い、飲み物を口にした。

 そういえば、それは最近習った。敵国であったノクティス王国は、黒髪黒目の人が多く、かつ闇の魔法の使用者が多い。

 そのため、皇国内では、黒髪黒目は長らく忌避される色であったとか。


「そうね……まだまだ外交は進んでいないものね」

 そう、遠い目をしてエレオノーラ様は答えた。


「エレオノーラ様は、神子様になるの?」

 私はそう口にした。神子って一体なんなんだろう。

 たしか、二十年前に人々が同じ夢を見て、それが神託に読まれた神子につながると聞いた。でも、詳しくは知らない。


「神子って言われる子にはね、いくつか条件があるのです」

「条件?」

 エレオノーラ様は、優しく微笑んで教えてくれた。


「黒髪黒目の女の子であること」

「わたしだ」

 思わず自分の前髪に触れる。

 毎日見ている黒髪なのに、その言葉だけで急に特別なもののように思えてきた。


「それと、六つの属性魔法を全部扱えること」

「六つも?」

「私はまだ光と闇しか上手に扱えないから、神子候補なのよ」

 他の属性は、生活魔法くらいしか使えないわ、とエレオノーラ様はため息をついた。


「大丈夫よ!そのうち使えるようになるわ」

 姉がエレオノーラ様を励ました。姉は本当にエレオノーラ様が大好きなようだった。


「ええ……神子候補として、精進しないとね。それを望む人たちがたくさんいるもの」

 エレオノーラ様は困ったように笑っていた。けれど、その瞳だけは不思議と真っ直ぐだった。


「神子にはなりたいのですか?」


 一瞬だけ、庭園に風が吹いた。

 木々の葉が揺れ、小鳥の鳴き声だけが聞こえる。


「なりたいというより、ならなければいけないのかもしれないわね」


 エレオノーラ様は小さく笑った。

 その笑顔は穏やかなのに、どこか少しだけ寂しそうだった。

 けれど、その黒い瞳だけは、まっすぐ前を見据えていた。

 エレオノーラ様からは、神子として国家を背負う覚悟がにじみ出ている。


 同じ黒髪黒目なのに。

 私は毎日、勉強や魔法の失敗で一喜一憂している。

 けれどエレオノーラ様は、国の未来を考えていた。


 「光神様の祝福を、ルシア様」

 「ありがとうございます。エレオノーラ様にも、光神様の祝福を」


 そう言い合って、エレオノーラ様とは別れた。

 夏の日差しを受けて、黒髪が静かに揺れる。

 エレオノーラ様は最後まで姿勢を崩さず、まっすぐ歩いていった。


 白い花びらが風に乗って舞い、さっきまでエレオノーラ様が座っていた椅子へ、そっと落ちた。


 神子候補というのは、きっと私が思っているよりずっと大変な立場なのだろう。


 私には想像もつかない世界の話だった。


 それでも、エレオノーラ様のまっすぐな背中だけは、ずっと忘れられない気がした。

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