12. なんだか騎士の訓練は大変そうです
淑女教育の合間。
近頃は、乳母の子である五歳のテオと、三歳のミーナとよく遊んでいる。
二人は臣下にあたるのだが、年が近いからか、お友達のように仲良くしてくれて嬉しい。
今日は子供らしく、庭園でかくれんぼをしてみた。
「……あれ?」
隠れる場所を探しているうちに、見慣れない場所に辿り着いた。
あたりには土を踏みしめる音と、木剣が打ち合う乾いた音が響いていた。
汗の匂いと土埃が風に乗って流れてくる。
屋敷の庭園とはまるで違う空気だ。
……もしかして、騎士館?
訓練場を囲むように石造りの建物が並び、その前では騎士たちが鎧や木剣を運んでいる。
「ありゃ、ルシアお嬢様、迷子ですかい?」
見覚えのある騎士が目の前に立っていた。よく見ると、テオのお父さんだった。
乳母の夫であり、アクエリア公爵家騎士団の団長を務めている人物だ。
「ルシア、みーっけ!」
「テオ。ルシア”様”、だろう?」
「あっ、父さん!」
後ろからテオの声が聞こえた。
続いてミーナも歩いてくる。
「こらこら、お前たちまで来たのか」
呆れたようにそう言った騎士団長は、「せっかくだし見学しますか?」と言った。
テオは慣れた手つきで、広い土の広場――訓練場の中に入った。
おそらく、騎士見習いの訓練が始まっているのだろう。
訓練場には、藁人形へ何度も木剣を振り下ろす騎士。
弓を引き絞り、乾いた音とともに矢を放つ騎士。
槍を構え、大声を上げながら突きを繰り返す騎士もいた。
あちこちで掛け声が重なり、訓練場全体が熱気に包まれている。
「騎士の方々は、何と戦うのですか?」
「野盗もそうですが、だいたいは魔獣ですね」
「魔獣?」
「森の奥には人を襲う獣がいます」
なにそれ。怖い。
森の向こうを見つめる。
屋敷の周りは穏やかな景色ばかりだけれど、そのさらに奥には危険が広がっているらしい。
「大丈夫ですよ、ルシア様を守るために日々鍛えていますので!」
そう言われると、少し照れくさい。
騎士団長は、どこか頼もしかった。
「あ、アストさん」
アストさんが、年上の騎士たちに混じって木剣を振っていた。
額には汗が浮かび、肩で息をしながらも木剣を振り続けていた。
私が知っている兄とは少し違って見えた。少しだけ、大人に見えた。
血の繋がった兄ではあるけれど、まだ私には「お兄様」と呼ぶ勇気がなかった。
「……なんだ、授業はどうした?」
「……あ」
そういえば、そろそろ休憩時間が終わるころだった。
……たまには、さぼってもいっか。
「稽古場を見るのも淑女の嗜みです」
「初めて聞いたぞ」
「今日できました」
「勝手に作るな。……まぁいいけどよ」
そう言って、兄は再び木剣を振るう。
木剣を振るたび、水の刃が陽の光を受けてきらりと輝く。
振り抜かれた剣先から雫が弧を描き、土の上へ散っていった。
ふつう、木剣の先から雫がこぼれることはない。――魔法だ。
まるで剣そのものが水でできているみたいだった。
「木剣を振りながら魔法を発動できるのですか?すごい……!」
「うるさいなぁ……」
そう言うと、兄は口を曲げつつも、少し照れくさそうに頭を掻いた。
なるほど、剣と魔法は組み合わせもできるのか。
「お嬢様も魔法は得意なんでしょう?」
「得意じゃない。威力だけだ」
「失礼な」
兄の辛辣な一言に口を曲げた。
「最近は制御できるようになってきました」
そう言って、掌を上に向けて、水球を浮かせようとした。
想像したのは、直径三十センチメートルくらいの水球だった。
――水球どころか、滝が出てきてしまった。
大量の水が地面へ叩きつけられた。
乾いていた土は一瞬で泥に変わり、騎士たちの靴がずぶりと沈む。
驚いて飛び退く者、慌てて木剣を掲げる者、笑いながら水を浴びる者。
訓練場は一瞬で大騒ぎになった。
「おいっ、とめろ!」
「わっ、わっ」
兄と父から厳重注意を受けた。
帰り際、訓練場を振り返った。
騎士たちが笑いながら泥を片付けている。少し休めば、きっとまた木剣を振るのだろう。
魔法は好きだ。
でも、騎士たちを見ていると、魔法は誰かを守るための力でもあるのだと思った。
もし戦う力が必要になったら。誰かを守らなければならなくなったら。
その時、私はちゃんと戦えるのだろうか。
その答えは、まだ分からなかった。




