11.もう淑女教育が始まったようです
五歳になった頃。
「本日より淑女教育を始めます」
見慣れない使用人が現れて、寝室のそばの部屋に移動した。
机と椅子と本棚が置かれた部屋は、まさしく勉強部屋だった。
母曰く、今日から私の教育係を務めることになったのは、子爵家出身の女性だった。
若い頃は皇都で宮廷女官を務めていたらしい。
「ルシア様は聡明だと伺っております。少しずつ学んでいきましょうね」
教育係が快活に挨拶をした。
「来年、シルフィア様にお会いする頃には、立派な淑女になっていましょうね」
と、母が言う。この前、シルフィアも淑女教育を頑張っていると聞いた。
淑女教育の内容は、礼儀作法・食事作法・読み書き・魔法・神話・歴史・地理・音楽・刺繍などなど。
……多くない?
まぁでも、前世の受験勉強よりは楽だろう……。
一日中机に向かうわけでもないし、子供向けの勉強だろう。
そう思っていたけど、甘かったようです。
礼儀作法や食事作法は、日本にはなかった宗教的な作法も存在するし、
読み書きは、母国語が日本語である私にとっては、第二外国語になるので、すんなりと覚えることができない。
歴史なんてもってのほかだ。
「初代皇帝のお名前は?」
「えっと……」
「昨日お教えしましたよ?」
「初代水公爵なら覚えているんですけど……」
「今日は皇帝陛下です」
昨日聞いたばかりなのに、もう思い出せない。
歴史そのものは嫌いじゃない。
問題は、知らない国の知らない王様が延々と出てくることだった。
その一方で、比較的順調だったのが魔法の授業だ。
「コップ一杯分を目指しましょう」
「はい」
私はコップに向かって手をかざした。水をイメージする。川。湖。屋敷の前を流れる大河。……あれ、大河?
ーー次の瞬間、大量の水が出現した。
「きゃああ!?」
教育係が飛び退いた。コップどころか、机も絨毯も水浸しになった。
しまった。イメージしすぎた。
「さ……、さすがアクエリア公爵家のお嬢様ですね」
「成功?」
「量は成功です」
「”量”は?」
「制御は失敗です」
……順調ではなかった。
――今日の午前は読み書きと歴史。
昼食を挟んで、午後は刺繍と音楽、そして礼儀作法。
刺繍では、案の定、針を指に刺した。
「痛っ」
「ルシア様、針は敵ではありません」
「敵です」
「仲良くなりましょう」
「無理です」
音楽では、ハープから悲鳴のような音を出してしまった。
「今のは音楽ですか?」
「違うと思います」
「私もそう思います」
礼儀作法では、教育係に姿勢を直され続けた。
「ルシア様、背中がまるまっています」
「ルシア様、頭が下がっています」
「ルシア様、右に傾いております」
朝食後から夕食まで、休憩こそあるものの授業が続いた。
おまけに夕食後は、授業こそないが、一人で今日の振り返りをおこなう。
……多い。すごく多い。
想像の三倍以上多い。
「公爵令嬢って、大変なんだな……」
将来、母みたいになるためには、これくらいできないと駄目なのだろう。
なるほど。前世の物語であるような、貴族令嬢が庭園へ逃げ出したくなる理由が、よく分かった。
明日は魔法の授業だけでいいのに。
……いや、魔法も水浸しになるから駄目か。
そんなことを考えながら、私は机に突っ伏した。




