寝ても覚めても猛獣だらけ
「おはよ~」
「……」
日野畑高校1年3組にてホームルームの始まる前――朱鷺海 恋慈は自分の机で頬杖をついて呆けていた。
そんな彼にどこか童顔の、雰囲気に関しては子犬っぽい赤っぽい髪の男子生徒が挨拶を繰り出した。
しかし恋慈は返事もせずにぼーっとした顔を空へと向けていた。
「恋慈? お~い、おはようだぞ。おはようされたらおはようしろよな」
「……む? ああ、幸か。おはよう」
「なんだよ、元気ないじゃん」
空から目を離し、正面を向いた恋慈の横から彼――伊吹 幸之信がにゅっと顔を出した。
くりくりとした瞳で、子どものように真っすぐな視線で恋慈を見つめる幸之信は首を傾げて彼の頬を指で突っつく。
「……幸、実はな、昨日の帰り道、俺は異世界に飛ばされたようなんだ」
「何言ってんだお前」
幸之信は手のひらを恋慈の額に当て、熱がないのを確認して蔑むような目を向けた。
「ゴリラとゴリラの抗争に巻き込まれてゴリラを倒してきた」
「頭でも打ってきたか?」
幸之信が恋慈の前の席に座り、呆れたようにカバンから教科書類を取り出し、机にしまい込んでいく。
幸之信は教科書を家に持ち帰る高校生である。
「ゴリラが爆発する火の玉を放つんだぞ」
「あの見た目で後衛職は無理があんだろ。嘘だとしてももっとしっかり練ってこい」
「ゴリラとの戦いで指が砕けたのだが、ゴリ子の治癒で一瞬で治ったぞ」
「ゴリ子って誰だ。うちの学校の連中をゴリラか何かと間違えたのか――」
授業の準備を終え幸之信が恋慈へと振り返ると、どこかのクラスから何かが砕けるような轟音が鳴った。
「お、なんだなんだ?」
それと同時に騒がしくなる学校内――騒然とする声に混じり「たっくんがキレた!」「今度は何だ!」「早弁のために割りばし割ったら変な割れ方したってよ」「繊細過ぎんだろ! それと朝飯くらい食ってこい」などの声が聞こえ、そのたっくんをなだめる声がいくつか聞こえたが、獣のような叫びにかき消され、学校中に破壊の音が響いた。
幸之信が席から立ち上がり、野次馬根性丸出しで教室から出ていくのを恋慈は見ていたのだが、すぐに肩を竦ませ、彼の背について教室から出ていく。
「タクローの奴、また騒いでんのかよ――」
幸之信がわっくわくな顔で教室から出た瞬間、廊下で壁やらを腕を振りぶち壊していた身長190越えのたっくんがぶっ飛ばした校舎の壁の一部が幸之信に向かって飛んできた。
「きゃ――」
幼子のような可愛らしい声を上げた幸之信の顔の正面に恋慈は手を伸ばし、飛んできた瓦礫を掴んで握り潰した。
「相変わらずお前は名前の前にふのつく運の悪さだな」
「――って誰が不幸之信だ!」
「礼ならあんまんで手を打とう」
「それなら今日は先に帰んなよ!」
恋慈は鼻を鳴らして笑い、先ほどから暴れ回ってあちこちを破壊するたっくんに目をやると――彼を睨みつけ、戦いの圧をぶつける。
その瞬間、たっくんは恋慈にふり返り、顔中に血管を浮かび上がらせ、大きく膨れた胸筋に学ランのボタンがはじけ飛んだ。
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「品のないケダモノめ。ゴリ子の方が物分かりがよかったぞ――」
恋慈はふっと笑みを漏らし、夢か幻か、昨日の出来事を思い出しているのか、遠い地の友に思いを馳せた。
「『大猩々――」
左手の手首を右手で思い切り握り、同時に思い切り左腕に力を込めた恋慈。右手によって握られた左腕は指にまで奔る血液の流れを止め、腕が膨れたように大きくなる。
たっくんはそんな恋慈の変化にも気が付いていないのか、彼の持つ通り名――デストロイヤーたっくんの異名通り周囲を破壊しながら恋慈に向かって一直線。
「腕ゴリラ・束鎚』」
右手で左手首を握ったまま、恋慈は大きく振りかぶり飛び上がった。そしてたっくんが飛び込んでくると同時に、彼のその脳天に拳を叩き込んだ。
「む――」
交通事故でもあったのではないかという轟音を鳴らし、恋慈に叩きつけられたたっくんが廊下に頭から埋まった。
しかしこの結果にどこか納得していないのか、拳をにぎにぎしていた恋慈が首を傾げる。
「うわっ一撃かよ。恋慈おまえまた強くなった?」
「む? う~ん……」
たっくんを廊下から引っ張り上げた恋慈なのだけれど、白目をむき、泡を吐いて気絶している彼をそっと投げた。
およそ人間に対する扱いではない。
恋慈が騒動をおさめた結果、たっくんのクラスメートが沸き上がり「百獣がやってくれた」「やっぱあいつヤバいな」「たっくん教室に運んでおこうぜ」などなどの声が聞こえるのだが、恋慈はある一か所を睨みつけていた。
「恋慈――」
「貴様が発端か。相変わらず趣味が悪いな――なあ先輩」
「あっれ~バレちゃった? 百獣はやっぱ怖いねぇ」
どんな握力をしているのか、廊下の壁に横向きで張り付いている幸之信よりは大きいが小柄な男――そいつが握っていた壁をさらに強く握り壊し、すっと廊下に下りてきて恋慈をニヤケ顔で見ていた。
そんな先輩と呼ばれた彼の登場に、1年生組が騒ぎ出す。
口々に「今度は紫電先輩かよ」「百獣はやっぱ注目されてんな」「おっ喧嘩か喧嘩?」そんな声が聞こえ、恋慈は渋々ながらと紫電先輩と呼ばれた彼と対峙する。
日野畑高校――県内屈指の不良校で、毎日毎時間どこかで轟音と殴り合い、血がはじけ飛ぶそんな光景が当たり前になっている高校。
そこに通う恋慈もまた、毎日のように戦いの渦中に飲み込まれている。
異世界だろうがどこだろうが、そこに闘争があるのなら恋慈にとって代わり映えのしない景色であるのは言うまでもない。
周囲の熱に飲まれることなく、あくまでも冷静に、淡々と恋慈は正面の敵に戦闘圧をぶつける。
これが朱鷺海 恋慈の日常風景である。




