日野畑高校1年3組・百獣の恋慈
「……」
「ウホゥ……」
ゴリラがいる。
レンジがこの場所に来てからすでに数時間が経過しており、日は傾き、見慣れない欠けた月が顔を覗かせ始めた時刻――すでに帳が下り、世界は暗黒に支配されたかのように音を闇が吸い込んでいた。
茂みから広場に歩みを進めたレンジの正面にはローブを纏い、杖を握るゴリラが祭壇らしき装飾のされた台の上で炎を焚き、そこでウホウホ声を上げていた。
しかしそんなゴリラが広場に足を踏み入れたレンジにふり返り、森の王者のような圧を放つ。
敵だと認定された。
ゴリラはレンジを排除しようとその場から立ち上がる。
そして振り返ったゴリラの瞳が赤く発光し「ウホホッホホホホ!」と気が違ったかのような声を上げると同時に、その杖をレンジへと向けた。
「――っ!」
向けられた杖から圧倒的な熱量を覚えたレンジがその場から手を使わずに横に一回転すると彼がいた箇所に杖から巨大な火球が撃ちだされた。
「その形で後衛職か貴様!」
火球はレンジが飛び出た茂みを燃やし始めたのだが、横目でそれを見ていた彼にゴリラは再度杖を向ける。
「っチ! まともに喰らえるか!」
レンジは駆け出し、連続で放たれる火球の爆発を間近で受けながらも脚を止めることはしない。
そして切り返すようにゴリラが火球を放つタイミングでフェイントを混ぜ、一瞬狙いを逸らした瞬間、横に逃げてばかりだったレンジが攻勢に出た。
ゴリラへと向かって正面から縦方向に飛び跳ねた。
しかしそれを読んでいたとでもいうのか、ゴリラがニヤリと笑みを浮かべ、その杖の狙いをレンジへと合わせてきた。
空中では避けられない。ゴリラはそう判断したのだろう。
けれど空中へと飛んでいるレンジは脚をピンと伸ばし、そのままぐるりと頭から地面へと飛び込むように体勢を変えた。
「『鵜狩・地奔』」
宙に向かって伸ばしていた片方の脚をもう片方の脚で思い切り蹴り、飛んだ勢いを殺しつつ、蹴りの衝撃でその場から急降下したレンジはさらに腕を翼のように振るい、地面すれすれに体を落とし込み、足が地へと着くと同時に腕を振って地面を叩きつつ、その場から加速準備――地に着いた足が踏み込んだその刹那、正面に放たれた気持ち狙いを上に向けられた火球の真下を沿うようにレンジが超加速。
「『豹叉戯――」
「ッウホ!」
火球の真下を通り、ゴリラへの間合いを一瞬で詰めたレンジは指の骨を鳴らしながら、その両手の指――人差し指同士を口の正面でくっつけ軽く指を丸め、まるで口のような形を作る。
そしてその圧倒的加速から生まれた運動エネルギーを維持したまま、レンジはゴリラの横腹に――その牙を立てた。
「疑似噛』」
「ウホウワァァァァ!」
「うちの学校の連中のほうがまだ固いぞ」
横腹をレンジのとんでもない握力によってえぐり取られたゴリラは叫び声をあげ、歯を食いしばってレンジを睨みつけた。
ふらつくゴリラと嗤い顔のレンジ――すでに近接戦闘の距離、この間合いでは爆発する火球をゴリラは放てないだろう。
「ウホゥ――」
「来るか――」
ゴリラは杖を放り投げるとそのまま両腕を上げてレンジに飛び掛かってきた。
レンジは尻のポケットに差し込んでいたリコーダーを取り出すとそれを宙に投げ、ゴリラが伸ばしてきた両手に自身の手を合わせて組み合う。
人間とゴリラ――当然力の差は歴然である。
ゴリラも腕力に自信があるのか、組み合った瞬間からその表情は勝利を確信していた。
しかしレンジも負けじとゴリラを少しずつだが押し返す。
「う、ウホゥ――」
「人間を侮ったかっ!」
歯を噛み砕かんほどに噛みしめているレンジの口から血が流れだす。しかしそれでも引かない。
ゴリラと組みあってもなお、人間は引かない。他に人間がいたのならドン引き必須。
けれどついに限界を迎えるのか、レンジがどんどんと押し返される。
「ウホウホウホウホウホウホゥ!」
「……」
レンジを押し返していたゴリラは、笑い声を上げながらついには手を組んだまま、人間をそのまま持ち上げた。
大地から足が離れたレンジは踏ん張りが利かず、腕が伸びて極まったまま宙へと持ち上げられ、あとはこの人間を地面へと叩きつけるだけ――。
そう、ゴリラは勝利を確信した。
「ここがいい」
「ウホ――?」
だが、レンジがそうつぶやいたと同時に、空から空気を鳴らすようなひゅおお~という音が徐々に大地へと近づいてきた。
その音を皮切りに、空中で手を組まれているレンジが脚をブンブンと振り、体を大きく揺らしていた。
「ウホッ!」
「遅いぞ、すでに俺の角ここにある!」
ゴリラが一瞬間呆けた空気を纏ったその時、空から気の抜けるような音を鳴らしながらリコーダーがレンジとゴリラの間に降ってきた。
そしてリコーダーがゴリラの首元――そこに位置どった瞬間、レンジがゴリラの手を起点に大きく体を揺らし、勢いをつけて逆上がりをするようにゴリラの正面に体をねじ込ませた。
「『怒犀――」
「ウホホォォォ!」
「角之晴』」
リコーダーをゴリラの喉に蹴り上げ、リコーダーを砕きながらその喉に角を立てた。
「ウ、ほ、ウホゥ……」
喉に大きな穴をあけたゴリラは息も絶え絶えにふらつき、呼吸音をリコーダーでヒューと鳴らしながら後ずさる。
しかしゴリラの手から離れたレンジが第二関節を曲げた両手を頭に添え、駆けだした。
「『飛牛・荒汰倍』」
ふらつくゴリラに懐へと入り込み、顔を下げると頭に添えた両手ごと思い切りゴリラを突き上げた。
「ゴリ子ぉぉ!」
「うほほほ!」
最初にゴリラが火球を投げたその場所、その燃えている茂みでゴリ子は握っていた杖をゴリラへと向けた。
彼女から放たれた特大級の火球、それは呪術ゴリラへと放たれ――。
「ウホ――」
彼に直撃すると同時に、巨大な爆発を起こしたのだった。




