黒衣を纏う死の鈴音
「ところでコウ君は――」
リンが棒を振り回している様子を横目にウィスパーが辺りを見渡すと、戦闘が始まったことで腰が抜けたのか、ぺたんと女の子座りで呆けていたコウが目に映った。
しかしコウにアレバフもミリカも、ローブたちの誰もが目を向けておらず、戦場でただポツンと座り込んでいた。
「あれが普通の人ではないかの?」
「コウはその普通よりスペック低いぞ」
「尚更あそこに立たせちゃいかんじゃろ――おや?」
ウィスパーがコウに心配げな瞳を向けるのだが、そんなコウに徐々に徐々にだが、もう片方の白い杖が近づいているのが見えた。
それに気が付いたコウは視線を一切逸らさず子どものような真っ直ぐな視線で杖に目をやった。
「わっ、えっと?」
「見てみろじいさん、ただ座っているだけでこの場の誰よりもかわいい認定されたぞあいつ」
「さすがじゃなぁ。あそこに自分こそがこの場で誰よりも可愛いと驕っておる金髪ドリルがおるじゃろ? 学生の頃はまあまあ可愛げがあったんじゃがのぅ、今ではあの様じゃ」
「聞こえていますわよくそジジイ!」
キッと鋭い目をウィスパーに向けるミリカだったが、すぐにその目をコウに向け、杖を手に彼へと脚を進め始めた。
リンとは真っ向から戦えないと判断したのだろう。
「――」
歩みを進めるミリカに、コウは杖を急いで手に取って胸に抱き、大型動物に睨まれた小動物のように体を強張らせてその動きを止めてしまっていた。
「コウ君が――」
「……」
しかしレンジはジッとミリカに目をやるとわざとらしく肩を竦め、彼女に向かって口を開く。
「おい、そこに手を出すのなら命をかけろよ」
「ハっ随分とこの子を大事にしているようですわね、でもあなたはそこから動けず、もう1人はあの大人数相手にご執心――倒せるものから倒す。戦場の定石では?」
「ああそうだな。だがお前、その相手の力量を見誤っているぞ。大人数相手? あの程度で止められるものか馬鹿野郎」
「負け惜しみもここまでくると――ッ」
「……」
ミリカの背後からそっと棒を突き付けたリン――アレバフ以外のローブを着た者たちすべてが顔を空間系の魔法に埋められ、ケツからキラキラしたものを流しながら動きを止めていた。
「……あなたも化け物ですわね」
「ねえ、その杖、もしかして俺の兄貴に向けようとしてる?」
ミリカが弾けたように飛退いてリンから距離をとると、その杖を今度はリンに向けた。
そして間髪入れずに術式を生成。
「『転移解放術式』」
周囲の瓦礫の欠片が突如として消え、ミリカが杖を振るうと同時にその欠片が射出されてリンに襲い掛かる。
「あなたもですが、そちらの子も一体なんなんですの?」
「ただの一般人だ、お前たちのように一所懸命に生きているわけでも、ただの1つも目的のために歩みを進めているわけでもない。ただ学校で毎日殴り合っているだけの学生だ」
「……化け物の巣窟の化け物ってことですわね」
しかしレンジは障壁の中で牙を覗かせて嗤い、化け物などでは生ぬるい。爪を研ぎ、牙を立てその空間の空気を、大気を揺らすその存在感を以て彼は、彼らは咆哮を上げる。
「人にとって都合の悪いものを化け物と呼ぶのであれば、俺たちは俺たちの都合で、勝手に――ケダモノだと呼ばせてやろう!」
レンジの嗤い顔にアレバフもミリカも顔を引きつらせ、彼の隣のウィスパーも半笑いながらも額に脂汗を浮かべていた。
そしてレンジの視線は、今ミリカが空間から射出した瓦礫――その射線上、リンが避けたらコウに当たってしまうその道に目をやり、弾丸にも劣らない勢いで飛び出した瓦礫を全て体で受けた伊吹 凛之丞に目をやっていた。
「なあリン――構わん、殲滅しろ」
「――」
瓦礫の攻撃で体から血を流しているリンが舌をべっと出したと思うと、先ほどの無邪気な笑みとは違く、まるで感情がないような冷たい表情を浮かべていた。
それと同時に、ローブの人々にかかっていた顔面拘束が解け、ケツを撫でて起き上がった面々が怒りの表情でそのリンに飛び掛かる。
「あなたたち、お待ちなさい――」
ミリカの静止の声も空しく風に解け、言葉の解けたその風がローブたちを撫でるように奔りきる。
コウの正面に立っていたはずのリンはストラップの鈴を鳴らして姿を消し、耳にそのりんっという音を残しながら、飛び込んできたローブたちの背面に足音も立てずにそこにいた。
「俺を止めれば何とかなると思ったか? そこにいるのは、日野畑高校1年1組、こと狩りに関しては俺以上のツワモノだぞ。なあリン――」
そうしてレンジがリンへと目を向けたその瞬間、リンの纏っていた衣装が真っ黒なゴスロリに変わり、持っていた棒の先端からは刃が伸び、大鎌と化していた。
そして通り抜けたローブたちの体から一斉に血しぶきが上がり、レンジもコウも、口をキュッと結び顔を逸らした。
『契約、是、肯定――我、名、是。承認、名付、是――求』
リンの持つ大鎌から、そんな声が響いたのだった。




