鈴鳴る獣は夜道に咲く
「……あなたはだあれ?」
『名、意味、付与――我、名、求』
「そう――」
血しぶきあがるその戦場で、濃い赤の花が芽吹いた。
その花はりんと音を鳴らし、死を運ぶ影のように曖昧な存在感を以てそこに立ち、突き刺すような冷たい声でその無機物と会話をしていた。
「なんだあれ? 喋るのか」
「リンちゃんに持たせちゃいけない武器になってるよぅ」
レンジとコウが様変わりしたリンに目をやった後、説明を求めるようにウィスパーに視線をやった。
しかしかの偉大なる魔法使いは首を横に振った。
「何あれ知らん、こわ――喋るのかえあの杖」
「じいさんが知らないのなら俺たちが知る由もないな」
製作者が一切役に立たないことを察したのか、レンジはすぐにリンに意識をやり、その行動に注視した。
「あなた名前ないんだ」
『是、故、求』
「ん――じゃあ、イズリアでどう?」
『……主、記録、検索。主、起源、理解――是、名、意味、付与。【死を鳴らす黒空の鈴音】、肯定――我、名――』
「それじゃあやろうか『死を鳴らす鈴音』――」
「絶対物騒な名前だ! もっと可愛く、絶対可憐天使ぽぽろんとかにしようよぅ!」
「絶対ヤダ」
『拒否』
「なんでだよ~!」
「……お前のネーミングセンス、相変わらずバグってるな。平成のエロゲタイトルみたいな名前つけおって」
コウが膨れながら白い杖を抱きしめている様をレンジは呆れたように見ていた。
その横でウィスパー、そしてリンと対峙するミリカ、離れた場所にいるアレバフが顔を引きつらせてリン――その杖、死を鳴らす鈴音に目をやっていた。
「なんじゃあの術式、わしあんなもの組んだ記憶はないぞ」
「……老いぼれ、ロード・ウィスパー、貴様なんというものを作っている」
「あり得ない。杖が自我を持っているだけでも神代クラスの逸品なのに、名前を付けた途端術式が変動した? 名前によって術式を変える術式? 荒唐無稽にもほどがある」
ミリカはキッとリンを睨みつけ、杖を持つ手に力を込める。
「やはりあなた如きが持つものではありませんわ」
「自分ならその資格があると? どうなのイズリア?」
《拒否。金髪、錐、我、興味、無》
「金髪ドリルは眼中にないってよ」
「――」
リンの挑発にミリカの目尻が吊り上がった。
そして彼女はレンジたち以外の敵側で最も強い戦闘圧を放ち、明らかに殺意のこもった瞳で、杖を振るいあげた。
「その杖もろともぶち折ってやりますわ!」
「いいね、らしくなってきた」
大鎌など使ったことなどないだろうに、リンはまるでそれが手足であるかのように体の周りをクルクルと振り回し、相変わらずの冷たい顔でミリカと対峙する。
「『転移解放術式』」
ミリカが杖を振り、先ほどのようにあちこちから瓦礫をリンに向けて放つのだが、その飛んできた瓦礫をリンは一瞬の内に切り裂き、ただ真っすぐと眼前の敵だけを見つめる。
しかしミリカはリンに睨みつけられてもなお、その顔に笑みを浮かべる。
リンが切り裂き、地へと落ちるはずだった瓦礫の欠片、それらは再度姿を消し、リンの死角から放たれた。
「んぐっ――」
「リンちゃん!」
「空間の絶対支配――わたくし、これでもそこのいる空の魔法使い・ウィスパー=ゼリムリアの一番弟子を自負しておりますのよ」
「……くれてやった覚えはないがの」
「実力がそれを証明しておりますわ」
ウィスパーが苦々しい顔をミリカに向け、リンに目線をやったのだが、そんな彼を見もせずに、腕を組んで障壁の中で不遜にも堂々としているレンジが鼻を鳴らした。
「……なんですの?」
「レンジ君?」
「いやなに、知らないというのは随分と幸福だったのだと思ってな」
「何の話じゃ? それよりもリンちゃんくんが――」
「じいさん、まだ俺たちのことをわかっていないようだな」
「いやしかし、ミリカは何だかんだ、術式を使わせたらそこいらの魔法使いじゃ相手にならん。それにコウ君も……」
「う~リンちゃん、怪我しないでよぅ」
「俺もコウも、リンが負けるなどと思っちゃいない」
圧倒的信頼を以て、レンジはなお嗤い続ける。
伊吹 凛之丞は負けない。
「そこまで言うのなら、そこでボロボロになった姿を眺めているといいですわ!」
ミリカが叫ぶと同時に、先ほどまでとは比べ物にならない数の瓦礫がその場から消えた。
そしてその瓦礫は一斉にリンに向かい――。
『回避、不可――』
「……とっきーってさ、あれ本当に見えていないのに、俺と兄貴のことを見間違えることないんだよ」
『自体、把握、困難――』
「これから知っていって!」
リンが目を閉じ、大きく、だが静かに息を吸い込んだ。
勝ち誇った顔のミリカ、顔を背けるウィスパー――しかしそれは一陣の風が吹くことで切り替わる。
「その身に刻め、魂に刻み込め! 鈴の音が鳴るたびに怯えて祈れ!」
高らかに宣言したその言葉を、鈴を携え、リンは目を閉じたまま放たれた瓦礫に向かって一歩を踏み出す。
瓦礫が直撃――するはずであったが、リンは目を閉じたまま小さな動きで瓦礫群を躱していき、その躱している最中にも、リンが着ていたゴスロリが所々に姿を変え、薄い羽衣のような布を体に纏わせ、それにつけられたいくつもの鈴が風に振られて鳴り始める。
しかしその衣装に完全に変わってから、リンはまるで見えているかのように死角から飛んでくる瓦礫も、正面から飛んでくる瓦礫もすべて避けきった。
「は――」
驚くミリカの、レンジは彼女の只一点を見つめていた。
ミリカの衣装、豪華なドレスのわずかな箇所、そこに滲む小さな血痕。レンジは愉快そうに喉を鳴らして笑い、徐々に点々と現れるその血痕に、ケダモノの笑顔を浮かべた。
「お前、うちのリンと切り結び過ぎだ」
「この――」
ミリカが歯を噛みしめて杖を高くかざした。
彼女が転移させたのは教会の天井そのもの。レンジでもなければあんな巨大な塊を粉砕することはリンでは不可能だろう。
けれど瓦礫を躱し続けていたリンが天を仰ぎ、無表情を決め込んでいたその表情筋が緩む。
「ああ、やっと見えた。お姉さん、その隙、もらうね」
「え――」
杖を掲げていたミリカの手から杖が落ち、伸ばしていた腕は制御を失ったかのようにぶらんと垂れ下がる。
「え、え――」
「じいちゃんが言ったように、俺に魔法の才能なんてないんだろうね。精々近くに空間を繋げて、ほんの少し外に出せる程度でしかない」
「それなら――」
「十分でしょ……殺すだけなら」
無邪気な笑みとも違う、冷徹な笑みとも違う。そこにいる黒衣の鈴は今初めて、獣らしく、ケダモノらしく、レンジが浮かべるような心底愉快そうに口を吊り上げ、歯をむき出しにして嗤った。
口から覗く八重歯が大型の肉食獣と対峙したかのような恐怖がある。
「俺たちはケダモノだぞ? そんな旨そうな駄肉ぶらさげて、檻の中に飛び込むとは随分と不用心だなお嬢さん」
顔を真っ青にしたミリカだったが、ついには反対の腕からも力が失せ、だらんと投げ出し、状況を把握できないのかひどく困惑していた。
そんな彼女に、レンジはスッとミリカのドレスの血痕を指差す。
「な、なんですのこれ」
「言っただろ、リンとそんな近距離で戦って無事で済むわけがないだろう」
レンジがそう言葉にしている最中も、リンは大鎌を正面で振り、遠くからミリカの脚辺りをなぞるように空間を斬った。
その瞬間、リンがなぞったミリカの右足が膝から曲がり、そのまま地へと倒れ込む。
「あしと~った」
「あ、あ……」
涙目でリンを見上げるミリカだったが、その正面のケダモノはさぞ醜悪に、さぞ恐ろしく見えているだろう。
ウィスパーがあんぐりとした顔でリンを指差し、レンジに顔を向けていた。
「以前漫画で、斬ることで腕や足、体の機能を奪う使い手のキャラがいてな、それにひどく感銘を受けたリンのバトルスタイルは、弱らせ喰らう。だ」
「怖すぎるじゃろ、あれ一般武術なのかえ? というか、触れた様子なぞ――まさか」
「勘が良いなじいさん、お前が教えた暗殺術だぞ」
「わしそんなもん教えとらんわい!」
リンが最初にウィスパーから習ったアイテムボックス、教会に来るまでの道中、彼はその術式を少し弄り、指先程度の大きさを離れた場所で取り出す魔法を完成させていた。
それを使い、大鎌の先端でミリカの体中を切り裂いていた。
レンジとウィスパーが喋っている間中、両腕、片足が動かなくなったミリカが体を引きずって教会の壁際まで行き、瓦礫やら何やらを使って片足で立ち上がり、戦場から逃亡しようとしていたが、鈴を鳴らしたリンが彼女の正面に立ち塞がる。
「どう、イズリア。俺のこと、少しはわかってくれた?」
『……是。可憐、否。認識、改。極悪非道、悪童――ケダモノ』
「うん、正しい。でも一個訂正してね。俺はいつでもかわいいよっ☆」
やっと幼く笑ったリンが大鎌を大きく振るう。
「い、いやっ、こっちに来ないで――」
「や~だよっ☆」
きらりと妖しく光る大鎌の刃に、ミリカが体を震わせていたが、リンは構わずその刃を彼女の体に――。
入ることはなく、イズリアは大鎌から只の棒に戻り、リンはミリカの頭に思い切りその棒を振り下ろした。
「――きゅう」
「はい、俺の勝ち。それなりに楽しかったよ☆」
そう無邪気に笑うリンは、レンジとコウ、ウィスパーにVサインを見せるのだった。




