日野畑高校の三悪童
「いや~、やっちまったのぅ」
「ご、ごめんねおじいちゃん! 俺が杖どこに隠してるかなんて聞くから――」
瞳に涙をためて泣く一歩手前のコウの頭をウィスパーは撫で、首を横に振る。
見た目は孫とおじいちゃんである。
「コウ君のせいじゃないわい、わしも油断しておった。まさかミリカまでいおったとはな」
「ミリカ?」
「ミリカ=シュエリー、アレバフの妹じゃよ」
盛大にため息をついたウィスパーに、店に戻ってきたレンジは彼の正面の席に腰を下ろし、コウが飲んでいたジュースのグラスをそのまま口に運んだ。
「あいつら、自分たちの都合を延々と喋っていたな」
「ある意味では純粋なんじゃよ。昔はもう少し可愛げがあったんじゃが……年は取りたくないのぅ」
「なんだ身内か」
「そうじゃの、あやつらに魔法を教えたのはわしじゃよ。もう十年以上前になるかの……あの頃は王立の魔法学園で学園長なぞやっていたものじゃが」
「じいさん案外偉い人だったんだな」
しかしウィスパーは自嘲気味に笑い、どこか遠くを見つめた。
過去と現在を見比べて思うところがあるのだろう。
「それが今や、王都から遠く離れたこの街で住人たちを相手に魔法をちょびっと教えている始末じゃ」
「なんだ嫌なのか?」
「……そうではないがの。学園では魔法に楽しさを見出す者もあった、じゃが少し国の中心から離れれば生活のための魔法ばかり求められる」
「みんな貧乏ってこと?」
「リンちゃん言葉選んで」
「生活が大変ということなのだろう。1つでも楽に生活する方法を得たい。そんなところだろう」
「そういうことじゃよ。じゃが学園で魔法を楽しいと学んでおった者たちも、時が経てばただの力でしか扱えない……わしは一体、何を教えておるのかのぅ」
シュンと顔を伏せてしまったウィスパーに、レンジが肩を竦ませた。そして彼に向かってレンジが口を開くのだが――。
「じいさん、お前が一体どんな気持ちでいたのかは知らんが――」
「えーなんでだよ。俺おじいちゃんに魔法教わって楽しかったよ? そりゃあ将来のことはわかんないけどさ、今こうやって楽しいのは間違いなくおじいちゃんのおかげだよ」
ふふんと胸を張り、幼いまでに無邪気な言葉でコウは言い放った。
「もし俺が変なことしだしたらさ、そん時は叱ってくれよおじいちゃん先生」
「――」
15才とは思えないほど子どもっぽい幼い笑顔を振りまく伊吹 幸之信に、ウィスパーは呆然とした顔を浮かべた後、フッと笑みをこぼし、豪快に笑い声をあげた。
日野畑高校屈指の癒し系、小動物、弟よりも乙女らしいお兄ちゃん、兄属性をかなぐり捨てた妹系、弟と趣味が同じならば危うかった、年齢詐称の実質幼女――などなどの通り名をほしいままにし、喧嘩ばかりの日野畑高校においても基本的にコウに暴力を振るうのはタブーとなっている。
そんな彼が異世界でもその愛嬌を発揮しているのである。
「……リン、あれが愛され系という奴だぞ」
「俺と一緒だね☆」
「おっそうだな」
レンジはどこか同情を誘う目つきでリンの頭を撫でた。
そんな2人を正面から見据えていたウィスパーが勢い良く頭を下げた。
「レンジ君、コウ君、それにリンちゃんくん、わしに力を貸してくれんか? わしも老いが回ったわい。教え子が道を踏み外しておるのに、ただ逃げ回り、あろうことか師匠の責任すら果たさないままぐずっておるとはの」
「こちらから打って出るつもりか?」
「当然じゃろ、わしの最高傑作を持って行きおって――あのバカ弟子どもにはちとお仕置きが必要じゃ」
レンジは鼻を鳴らすと大きく伸びをし、コウとリンに視線をやる。
「このメンバーなら問題ないだろう」
「日野畑高校負けなしトリオだよっ」
「俺何もやってないけどなぁ」
3人が揃ってウィスパーに目を向け、その手を彼に差し出す。
学校からの評価は三馬鹿、しかし生徒間での評価はまた違う――百獣を祀る阿吽、ケダモノの三悪童、鎖を解いたクソガキども、手に負えない邪神童。
日野畑高校という不良校においても彼等の邪悪さは知れわたっているものであった。
そんな彼らの手を偉大なる魔法使いは取り、老いぼれと言われていた老いた魔法使いでさえも、その瞳に童の決意を奔らせるのだった。




