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朱鷺海 恋慈の異世界⇔現代、拳で語れ!  作者: 筆々
2章 陸の海に獣は不運を引っさげて

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異世界日帰り二日目!

 レンジたちを前に、魚攫いの男たちは顔を歪めた。

 それは正面にいるレンジから放たれる圧による効果で、そこにいる誰もがかのケダモノには届かないと自覚してしまった。



 けれどそれで戦いを、児戯(・・)を止めてしまうのであればこのような凶事には及んでいないだろう。

 男たちはレンジに殺意を向け、それぞれが武器をもって対峙する。



「……抜いたな。ありがとう、お前たちが覚悟(・・)を示してくれたから、俺も存分にやれるよ」



「あっ、やば――」



 レンジの言葉に、コウは駆け出してきた子どもを抱きとめ、そのまましゃがんで子どもの頭を抱きしめた。

 そしてイルムと親父殿に声を上げる。



備えて(・・・)!」



「――? コウ、君は何を――ッ!」



 イルムはコウに疑問を向けたのだが、彼は瞬時にその目を正面の人間――否、その獣に見開いた瞳を向けた。



 爆発させるために抑える。イルムはその言葉の意味を理解したのだろう。



 見た目は魚の鱗を持ったもので、しかし中身は人、けれど蓋を開ければ何百もの獣を彷彿とさせるおよそ人ならざる者。

 朱鷺海 レンジという人間が放つケダモノの気配――。



 同じ空間にいるだけでまるで剣山を裸足で歩かされているような、野生の肉食獣に囲まれているような――死を間近に感じられるその気配に誰もが体を強張らせた。



 しかしそんな気配の中でコウだけは深呼吸を一度するだけで瞳に炎を揺らせ、子どもを一度撫でて立ち上がった。



「おじいちゃんはこの子を――イルム、何ぼさっとしてんだ、さっさとほかの子たちを何とかするぞ!」



「あ、ああ」



 コウとイルムが駆け出し、相手に捕らえられている魚人の子たちの元に向かった。

 そしてコウはレンジに目をやる。



「レンジ、そいつら押さえとけ!」



「ああ、お前も気をつけろ」



 レンジは子どもたちの鎖を外そうとしているコウとイルムを横目に、顔を青くしている敵たちに視線を投げる。

 その鋭い視線に男たちが体を震わせたのだが、その内の1人が脚を少し進めて、レンジに向かって口を開いた。



「おいおいおいおい、こんな海の神秘(デリスマリア)がいるなんて聞いてねえぞ」



「なに――?」



 聞きなれない言葉にレンジは眉をひそめたが、その男はニヤリと口角を上げた。



「おいお前たち、こりゃあ上物だ! こいつの(コア)を持ちかえれば最上位の亜薬(・・)が作られるかもしんねえ」



 男の言葉に、震えていた男たちも沸き立つ。

 亜薬というものがなにかはレンジにはわからないが、ろくでもないものだということはわかるようで、腕を回して肩の骨を鳴らした。



「すまんな、あまり品の良いやり方ではないのだが――」



 映画とか漫画、アニメでしか見たことのないような剣――所謂ショートソードと呼ばれる剣を振り上げて男の1人が突進してきた。



 しかし突貫してきた男の顎に一閃――裏拳を当て、白目向いて倒れる男をレンジは見向きもせずに、ゴゴゴゴゴと背景に音が入っているかのような空気感で男たちに嗤いかけた。



「技名もない暴力を使うとは……俺もまだまだ紳士には程遠い」



「……何言ってんだお前?」



 理解できないという風に、その一団のリーダーらしきさっき話しかけてきた男が顔をひきつらせた。



 技名のある暴力は紳士的だと思っている男、朱鷺海 レンジである。



 飛び掛かってくる男たちをただの暴力で次々と沈めていくレンジだったが、そのレンジに子どもたちの鎖を外したコウが声をかけた。



「レンジ、子どもたちは解放した。だから本気(・・)でやっても大丈夫!」



「よくやったコウ」



 逃げ出す準備をしているコウたちに背を向けながらレンジは嗤う。

 しかしその言葉を聞いたリーダーが額に脂汗を流しながら顔を歪め、別の男たちの背に隠れるように移動を始めた。



「くそ、クソ、割に合わねぇ」



「さてお前ら、覚悟はいいか――っ」



 レンジが圧を放ちながら残った男たちを圧倒していると、リーダーが一団から飛び出し、コウたちに向かって駆けだした。

 その一歩は速く、レンジが驚くほどであった。



「『瞬間解放術式(バイルロアー)』」



「なに――?」



 途端、リーダーから紋章のような、魔法陣のようなものが浮かび上がり、それが消えたと同時に、とんでもない速度で駆けだした。



「まず――っ」



 レンジがすぐに振り返ってリーダーを追いかけるのだが、背後で聞こえる子どもの声――敵の1人が移動させていただろう子どもの首筋にナイフを添えていた。



「よくやった! ガキもそいつらも俺たちが貰う! 俺たちは今日から金持ちだ!」



 身動きの取れないレンジに、コウが唇をかみしめた。

 すぐ後ろには剣を持ったリーダー、こちらには動きが遅い子どもたちが複数人――コウは戦えない。彼は今必死で頭を回し思案している。

 走りながらカバンに手を突っ込み、この状況を打開するための策を考えている。



 しかし――。



「あっ――」



 子どもの1人が転びそうになる。一番後ろを走っていたコウが歯を噛みしめ、首にかけられた四葉のクローバーのネックレスを握る。

 だけれど――伊吹 幸之信は諦めない。



「だめぇ!」



「――」



 その瞬間、おかしなことが起きた。

 転ぶはずだった子ども。しかしちょうど子どもの高さにあった岩の出っ張りが子どもの服に引っかかり、そのままクルリと一回転し、見事に着地。子どもは頭にクエッションマークを浮かべ、困惑しながら走り続けている。

 が、驚くべきことはそこではない。



 子どもが転びかけた瞬間、子どもが不運(・・)に見舞われず、そのまま駆け出した瞬間、あり得ない体勢でコウが頭から地面に突っ込み、そのまま転んだ。



「俺のことはいいから!」



 これが伊吹 幸之信――学校でまことしやかに囁かれる百獣のクローバー(・・・・・)()運ウサギ……そして、不運の肩代わり兎(・・・・・・・・)



 鼻をさすり立ち上がるコウだったが、彼の背後にはリーダーがすでに立っており、泣きそうになる顔を振り払い、思い切り上げた。



 だが――。



「恩人に手出しはさせん!」



「ぎょっぎょー!」



 イルムと親父殿がコウの目の前に立ち、リーダーに立ち向かおうとしていた。



「お前ら戦えないんだろ! 俺のことはいいから――」



 しかしコウの言葉を聞き入れるつもりがないのか、イルムと親父殿は覚悟を伴った瞳をリーダーに向けていた。

 そんな2人にコウは歯を噛みしめ、そして彼らに向かって剣を振るうリーダーをその幼い瞳で睨みつけた。



「――」



 コウは親父殿を後ろから突き飛ばし、彼に届くはずだった剣を体で受け、肩からじんわりと広がる赤い生命の証明に涙を浮かべた。



「レンジぃー!」



 そう叫ぶと同時に、カバンから懐中電灯らしき形の道具を取り出し、リーダーに向かってその光を射出した。



「改造懐中電灯だ! 百獣の懐刀、舐めんな!」



「ぐわぁぁぁ!」



 市販された懐中電灯の数倍の光を放つそれに、リーダーが顔を手で覆った。



 その少しの時間――レンジはその場で脚を何度も地面に叩きつけ、土煙ではない煙が足全体から発生している。



「最初からトップスピードだ。『狩猫(チーター)――」



 煙を発生させたまま、レンジは四つん這いになる。そしてそのまま大地をトンと蹴ると、レンジの姿は煙を残して消えた。



死伽(しとぎ)』」



 視界が多少回復したのか、リーダーは驚きに呆然とした顔を、魚人の子どもを人質にとっていた男に向けた。

 その男はグラと傾き、ナイフを落としてその場で倒れた。

 よくよく見ると、男の横腹は獣に食い千切られたような穴が開いており、ひゅんひゅんと風切り音を鳴らしているそのケダモノに恐怖した。



「う、うわぁぁぁぁ!」



「言っただろう、寄り道してコウの正面に出られる程度には速いとな」



 瞬時にコウとイルム、そして親父殿の正面に躍り出たレンジがニヤリと笑みを浮かべた。

 リーダーは途端に体中から血を吹き出し、体のあちこちがえぐり取られていた。



 イルムと親父殿がパッと顔を綻ばせた一方で、額から汗を大量に流して肩を抱いていたコウがその場にへたり込む。



「コウ」



「ん、無事」



「馬鹿者め、大人しくしていろ」



「やなこった」



 にへへと笑うコウに、レンジは安堵の息を吐く。

 すると親父殿がいそいそと懐から何かを取り出し、それをコウの傷口に塗り始めた。



「おじいちゃんそれなぁ~に?」



「ぎょぎょっ、ぎょ!」



「それは俺たちの村に伝わる霊薬だ。変なものは入っていないから安心すると良い」



「ん、ありがとっ」



「コウ、君も戦うものだったのだな。ありがとう」



 イルムに褒められ、コウはにひひという笑い声をあげて、少し離れたところにいる走ったはいいが統率者がいなくなって脚を止めてしまっていた子どもたちに目をやった。



 そうして空気が和んでいたが、レンジがリーダーに鋭い目を向けた。



「くそ、クソ、なんなんだよ、なんなんだよおたくら……こっちは割のいい仕事だって来てやったのによ、これじゃあ赤字もいい所だ」



 頭をかきむしりながら半笑いを浮かべるリーダーが懐から何かの薬のようなものを取り出した。

 その薬に、イルムと親父殿が声を上げた。



「この気配、我らの同胞――」



「ぎょぎょー!」



 リーダーが錠剤を口に放り込むとすぐに変化が起こる。

 バキバキとリーダーが体を鳴らし、その体躯が一回りも二回りも大きくなり、その皮膚には鱗が生えた。



「あ~……これがいくらすると思ってんだよおたくら――」



「知らんな、興味もない」



「死ぬぜ、おたく」



「そうか、それは楽しみだ――」



 その瞬間、レンジの側面にリーダーの大きくなった腕が放たれた。

 腕が通った大地は巻き上げられ、砂煙が舞いレンジの姿が見えない。



「レンジ!」



「馬鹿め! のこのこ出てくるから悪いんだ! 大人しくしてりゃあ痛い目見ずに済んだのによ~! デリスマリアは変異と強化に特化した核を持っている。それを俺たち人間様が使えば、この通りってわけだ! てめえの核は一体どれだけのもんだろうなぁ――」



 聞いてもいないようなことをべらべらと話すリーダーだったが、その火は消えていない。

 彼がぶっ飛ばしたと思っている(・・・・・)ケダモノはその場から動いてすらいない。



「おい。変化とか強化とかわけわからんことを言っているが、俺をぶっ飛ばしたと勘違いしているところを見るに、随分と鈍くなっているようだな」



「な、な――馬鹿な! 亜薬を使って最大まで強化した拳だぞ!」



「軽すぎる」



 リーダーの大きくなった腕を片手で受け止めていたレンジは拳を開き、猫の手にした拳にハーっと息を吐く。

 そして残ったもう片方のリーダーの腕を止めている手を思い切り振って彼の腕を弾き、そのまま近づく。



「な、なにを……この体はほとんど鋼鉄だ、お前の攻撃なんて怖くねえ――」



 レンジはリーダーの腹部に当たるか当たらないかの距離で手のひらを添えた。



「『獣王気(じゅうおうき)――」



「俺はBランク冒険者だぞ! こんなところで、こんな魚のガキに――」



獅子王天華(ししおうてんげ)』」



 リーダーには確かに届いていない。レンジは彼の腹部に手のひらを沿えただけだ。

 しかしその拳から確かに放たれたうかがい知れないエネルギー。それはリーダーの体を貫き、その背後まで伸びていった。



 レンジは振り返り、呆けているコウの頭を一撫でし、大きく伸びをした。



「レンジ、彼は――」



「終わったよ」



 イルムと親父殿が呆然とする中、リーダーが口から血を吐き出し、ガクガクと体を痙攣させた。



「もしその強化というものがあるのなら、次からは体の中まで固めるのをお勧めするぞ。表面ばかり固くしてもそれは所詮張りぼてだ」



「――」



 ぐるんと眼球を回し、リーダーは倒れると同時に、その姿が人の姿に戻った。

 レンジは座り込み、息を吐く。



「こんなものだろう。イルム、翁、こいつらは適当にどこかに放り投げておけ」



 呆けていたイルムだが、頷き、肩から力を抜いてレンジに手を差し伸べた。



「ああ、本当に大した人間だよお前たちは」



 レンジとコウは顔を見合わせて笑みを浮かべた。

 しかしレンジがおもむろにスマホを取り出し、困ったような顔を浮かべた。



「あっ忘れてた。イルム、翁。すまんがタイムリミットだ」



「どういう――」



 途端、レンジとコウの姿が揺らぐ。



「これは」



「イルム、翁――俺たちの友よ。ここでお別れだ」



「え! 突然過ぎんだろ!」



「仕方ないだろ、日帰りなんだから」



 驚くイルムと親父殿をよそに、レンジは拳を突き出して2人に笑顔を向ける。



「お前たちのこの後を見届けられないのは残念だが、お前たちなら大丈夫だろう。コウを守ろうとしてくれてありがとう」



「ま、待て、レンジ、コウ、まだ俺たちは2人に礼を――」



「あ~そんなの良いって。子どもたちを大事にしなよ」



「うむ、それとこれは俺の勝手な願いだが、お前たちがそこの馬鹿どもみたく、悪心に身を委ねないことを願っている。人を憎んでもいい、だがみすみす己を追い込むことはしてくれるなよ。次に出会えた時、互いに胸を張って会いたいからな」



 体を震わせ、顔を伏せるイルムにレンジもコウも微笑みかける。

 すると親父殿がイルムの肩を叩き、2人が伸ばした拳に自身の拳を軽く当て、イルムに目をやった。



「――ああ、そうだな。レンジ、コウ、我らの友よ。また会おう」



 そうして光がレンジとコウを包んだ時、2人に微笑みかけた親父殿が口を開いた。



「強き人の子よ、我らの恩人であり友よ、我らはこの恩を一生忘れない」



「は――」



「え――?」



 しゃがれた声で、ニヤっとしてやったりと茶目っ気のある歯を出した笑みを浮かべた親父殿、彼はそっとコウの腕を優しくたたくと人懐っこい顔で頷いた。

 そんな親父殿にレンジとコウは呆然とした顔を浮かべた。



 そして目の前のイルムと親父殿が消え、2人にとって見慣れた夜の道。

 その道の真ん中で、幸之信が大きく口を開いた。



「あのジジイ喋れんのかよ!」



「まったく、翁にはしてやられたな」



 2人は顔を見合わせて大きく笑い声をあげた。

 すると幸之信は先ほど斬られた箇所に目をやる。



「あれ、もう塞がってる。あの薬凄いな――ってこれなんだ?」



 幸之信がカバンをまさぐると、そこには小さなツボが入っており、首を傾げる。



「それは……翁が使っていた霊薬じゃないか?」



「え? 貴重なもんじゃないの?」



「……翁め、味な真似を」



「だなぁ。ってどうしよ、バスもうないよなぁ」



「泊っていけ。家には連絡しておけよ」



 そうして、恋慈と幸之信は揃って帰路に着く。

 2日目にしてはハードは異世界日帰りだったが、それでも恋慈と幸之信は己を貫き通した。



 短い時間で確かに得た絆を思いを馳せ、彼らはただいま。と、自宅へと脚を進ませるのだった。

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