獣の晩餐
レンジたちは洞窟内でキャンプを張っている面々を気配を殺して観察していた。
イルム、親父殿はともかく、レンジとコウがすでに臨戦態勢に移行していた。
「レンジ、コウ、気持ちはありがたいがここは冷静に――」
「イルム、それは無理だ」
「……」
あまりにも抑揚のない声、その声1つで心臓を突き刺すようなあまりにも冷たい声。
レンジのケダモノとしての在り方に、イルムは息をのんだ。
「イルム、翁、説得力はないかもしれないが、これだけは信じてほしい」
短い呼吸を繰り返したレンジが真っすぐとイルムと翁を見つめる。
「残りの子たちは必ず助ける。どんな手段を使ってでも奴らから解放する」
「――」
敵性勢力のキャンプ地には小さな魚人が鎖に繋がれており、皆一様に顔を伏せ、殴られ続けていたのか痛々しい怪我を腕で抱えていた。
あまりにも非人道的な行いに、コウはまた泣きだしそうになっていた。
「小さい子ばかりじゃん。なんであんなひどいこと」
「コウ、お前はもう――」
「レンジ、多分俺、お前を焚きつけると思う」
子どもたちから一切目を離さないコウに、レンジはため息をこぼした。
彼は子どもが好きなのである。どんな人種環境にいようとも、それは宝だと胸を張って言う子なのである。
そうしてレンジたちが一行を見ていると、その内の酔っぱらっている1人が魚人の子どもと繋がれている鎖の1本を引っ張り、あまりにも醜悪で、あまりにも品のないニヤケ顔を浮かべた。
レンジたちに話は聞こえていないが、酔っぱらいは子どもの1人を引き寄せ、何かの道具――変わった形をしているが、棒の先端に拳ほどの直径の円柱の底を刃にしている道具だった。
しかしその道具を見ていたレンジは途端に自身の胸の中心を叩き、イルムに向き直った。
「イルム、お前たち種族のここになにがある?」
「なに。とは――そこには俺たち……お前たち人間の言う亜人の核がある」
「核?」
「ああ、俺たちの力の源、そして命そのものだ――」
「――」
イルムの言葉を聞き、途端にレンジの圧が膨れ上がった。
それほどの激情をレンジは抱いてしまった。奴らは敵だと心で決めてしまった。
「れ、レンジ――?」
「さっきの子たちの体を見たか? 体に大きな穴をあけ、何かを抜き取られたような切り傷があった」
イルムと翁は息をのみ、蒼い顔をして自身の胸に手を添えた。
それは命だった。
誰かの勝手で冒涜してよいものではなかった。
故にレンジは立ち上がる。
それと同時に、落ちていた石を血が出るほど強く握っていたコウからもその気配が漏れていた。
「レンジ……」
「ああ――」
「ぶち殺せ」
「ああ」
その場から飛び出すでもなく、普段通りの歩みで、淡々とした足取りでレンジは前に進んでいく。
先ほどまで漏れ出していた殺気は鳴りを潜め、だが確実に燻っている。
不気味なほど静かに、不自然なほど堂々とした1匹の獣――百獣を纏うその男。
朱鷺海 恋慈に気が付いた酔っぱらいが、幻影の魔法をかけられている彼を魚人だと勘違いしたまま、侮蔑の視線を浮かべた。
しかし、その視線をレンジに投げかけたその刹那――。
「『仁猪・九場暗』」
危機感も持たずにレンジに近づいたその瞬間、レンジの体にちょんと触れた酔っぱらいが、脚を上げずに大地を押し踏み岩を砕いているレンジにぶっ飛ばされた。
脚を踏み込むことで生まれた隙間に、ほんの少し体を捻るだけで発生する爆発的エネルギー――動いていないように見えても、その体は5,60キロで駆けるイノシシの突進と同様の破壊力。
体全てで発勁を発生させている。
大きく飛ばされた酔っぱらいは洞窟の壁に直撃し、轟音を鳴らして岩に埋まった。
キャンプ地からわらわらと湧いてくる敵だったが、レンジは奴らに目もくれず、繋がれている魚人の子の鎖を手に取り、それに噛みつくとそのまま力を入れる。
「んぐぐぐぐぐぐぐっ!」
敵たちが半笑いでレンジを見ていたが、次第に鎖からバキバキと砕けるような音が鳴り、歯から血を流しながらも鼻息を荒げ、ついにレンジは鎖を噛み千切った。
「走れぇ!」
レンジの声に、子どもがハッとして駆け出した。
敵たちはレンジの行動に顔をひきつらせたが、魚人の子どもが逃げたことですぐに武器を手に取り、子どもを追いかけようとした。
しかしレンジがそれをさせない。
そしてコウもイルムも親父殿も戦場に出てきて、彼らは守るために戦うのだとその身に力を込めるのだった。




