第8話 case 2-二次元空間
スイスへ到着…
大きく綺麗な病院である。スミスは医者から色々な説明を聞いたが、薬剤の投入開始は自分の手で行うと言う事以外、あまり頭には入らなかった。
友人のスティーブンにも手紙を書いた。思い残す事は無いと思っていたが、やっぱりひたすらに、母親の今後の事が心配だった。
医者からの説明を終え、病室へと向かう。
「うっうっうっ、うーうっうっ」
母親はスミスの腕にしがみ付き、泣き崩れるのを辛うじて耐えていた。
「やり残した事はないかね?」
「サンドウィッチを食べても良いですか?」
「もちろん」
真っ白な綺麗なベッドに座り、右手は母親と手を繋ぎ、既に点滴用の針が刺さった左手でサンドウィッチを食べた。
今までで、一番美味しく感じた…
スミスはなぜかこんな時に晴れやかな気持ちになっていた。
「向こうに行ったらさ、父さんと一緒に母さんのこと見守るから」
「うん、うん、」
母親は涙が止まらず言葉が出ない。
ただ、息子の最後の晴れやかな顔を見て、何とか笑顔を作る事ができた。
「じゃあ、本当にありがとう。少し離すね」
そう言うと、右手で薬剤投入開始の小さなバルブを開にした。
すぐに母親と手を繋いだが、すぐに意識が遠のいた。
「アーサー!アーサー!アーサー!ァー…
遠くで母親の呼ぶ声が聞こえる…
「かあさ…
アーサー・スミス 永眠
チチチチチ…チチチチチ…シューン
"個体No.Hc83434 人間体験終了"
音声案内の様なものが流れる。
「母さんっ!」
右手を伸ばしながら、スミスは目を覚まし全ての記憶が蘇った。
その真っ白な部屋と、スイスの病院の白さは
似て非なるが、一瞬混乱した
左腕を見ても当然点滴は無い。
「そうか、そうだった」
"Hc83434は出口へ進んで下さい"
再び音声案内の様なものが流れる。
スミスは出口へ向かい歩き出す。
「母さん悲しんでるだろうなぁ。先に死んでしまってごめんよ。僕にはこの選択肢しか無かった。無意識で暴力を振るうなんて考えられない。あぁ、ごめんなさい。ちゃんと一人でイギリスまで帰れるかな」
母親の事が心配でならないスミスは歩きながら、何度も何度も母親に謝っていた。
「母さんとの最後の約束を守らないとな。きっと父さんも人間体験してたら地球に向かったはずだ」
やる事が明確になると、スミスは少し落ち着きを取り戻した。
ふと、物理教師であったことを思い出す。
「3次元空間か。猿の戯言とは私の事だったな…この世界は全て2次元だ。人間の頃は複雑に考え過ぎていたな…」
縦・横・奥行きで3次元という考え方は、間違えではないものの、認識が違っていた。
縦・円の2次元である。
空間に描いた三角形の内角の和は180℃であるから、この世界は平面であり、無限である。
「時空の歪みを表現する時に、私もやっていたじゃないか…なぜ気付かなかった」
時空の歪みを2次元で表現する際、大きな布を用いる。質量が何も無い状態だと、布は真っ平だが、その真ん中にボールを置くと布は沈む。この沈みが時空の歪みを表現しており、惑星が恒星の周りを公転している仕組みがよく分かる。
太陽系では、太陽を中心に平面の円方向にしか公転していない。一つだけ違う方向に公転している惑星は当然ない。
銀河によって傾きが違うだけだ。
2次元で表現出来ているのだから、2次元である。
「私が研究していた超弦理論…あのまま方向性さえ間違えなければ良い所まで行っていたんだな…まあ初歩の初歩だ、地球ではまだまだかかりそうだな」
「学生たちには、嘘を教えてしまったな。昔々の天動説を教えていた教師のようだ…今の地球ではそれが当たり前とは言え、申し訳ない事をしてしまった」
「はは、申し訳ないか、こんな私でも感情を学べたんだな」
スミスは口の中に残っている最高のサンドウィッチの味を永遠に忘れない様にデータ化しようとしたが、止めた。




