第7話 case 2-決断
数年が過ぎ、相変わらずスミスは黒板と向き合いながら授業をしていた。
サンドウィッチの食べ方も、帰りの公園でも全く同じルーティンを繰り返していた。
ある日、いつも通り自転車で帰宅したスミスは、母親に声をかけた後、キッチンで水筒を洗おうとした時…
その日が来てしまった…
「飲んでいない…」
公園でのルーティンを忘れていたのである。
十数年毎日繰り返していたルーティンをである。スミスは病的な程神経質で、机だけでなく机上の文房具の位置や歪みさえ許せない。そんなスミスが忘れるはずも無かった。
「とうとう、この日が来たか…」
キッチンで立ちすくむ息子を見た母親は、全てを悟ったようだった。
「ダメよ、私は反対だから…絶対ダメっ」
母親はスミスに抱きつき泣き出したが、スミスの意志は固そうであった。
「明日、学校を辞める手続きが終わったら、例のスイスの病院にも連絡をするよ」
スミスは母親の肩を抱き、しっかりとした口調で伝えた。
翌日、学校での手続きを終えたスミスは公園の東側のベンチの東端に座っていた。
「スイスの病院への連絡も終わった…急だな、覚悟はしてたんだが…今日も朝から所々の記憶が無い…」
スミスに家族性アルツハイマー病の症状が出始めた。それは、スミスの寿命も残りわずかと言う事を示していた。
「母さーん、母さーん、今夜はワインでも飲もうよ」
スミスは買って来たワインをテーブルに置き、母親を探した。
母親は裏庭のベンチに腰をかけ、花を眺めていた。
「母さん、ただいま」
「おかえりなさい、アーサー。スイスへの出発はいつ?私も一緒に行くわ」
「3日後だよ。母さん大丈夫かい?一人で帰れる?」
「ええ、大丈夫よ。しっかりと見守りたいの」
「そう、僕も母さんがいてくれると心強いよ」
「さあ、夕飯にしましょう」
「うん、ワイン買って来たよ」
「じゃあ、久しぶりにコテージパイでも焼こうかしら」
スミスは父親が大好きだった。小さな鉄工所で働いていた父、お世辞にも裕福とは言えなかったが、大学にも文句一つ言わずに行かせてくれた。買い物に行く時はいつも母親と手を繋いでいた。優しい丸い顔でいつも笑っていた。
そんな父親が母親に暴力を振るっていた。許せなかった…スミスも何度もその現場にいたが、カッとなるきっかけは分からず、突然だった。
その遺伝子をスミスも引き継いでいる。そして、家族性アルツハイマー病の症状が出始めたのである。
スミスは兼ねてから調べていることがあった。
それは、医療幇助自殺である。いわゆる安楽死であるが、イギリスでは認められておらず他の国に行かざるを得なかった。
そして、ようやく見つかったのがスイスのとある病院である。
スミスは父親の様に、無意識で母親に暴力を振るってしまう事を一番恐れた。
大好きな母親に暴力を振るうなど想像したくもなかった。
そんな事になる前に死を選ぼうと考えたのである。
母親にその考えを伝えたが、当然の様に反対された。それでもスミスの考えは変わらなかった。
そして…




