第84話 case 4-渋い顔
央吾は佐々木の言葉を聞いた時に、悲しみよりも先に緊張が溶け、全身の力が抜けた。
膝に手を置き、急に重力を感じ始めた体と戦っている。
ユージローは仁王立ちのまま天を仰ぎ目を瞑っている。
「ユージロー君、ごめんなさい…」
佐々木の続けざまの言葉に2人は0.1秒で反応し佐々木に目を向けた。
央吾はうつむいていた顔を上げ、ユージローは見上げていた顔を下げた。
「央吾君、宜しくお願いします」
そう言うと佐々木は央吾の目の前に立ち、恥ずかしそうにちょこっと手を差し出した。
央吾は全く予想していなかった言葉に対し、央吾の時間だけが止まっているかの様に微動だにしない。
変化と言えば、さっきまでの泣いているのか笑っているのか分からない情けの無い顔から、渡辺謙の様にキリッとした顔になり固まっていた。
「渋っ!顔渋過ぎっ!」
ナオトが誰よりも早くツッコミを入れた。
「お、央吾君…?、…、…、…、おぉ〜い」
佐々木は央吾の目の前で手を振り意識の確認をしている。
金縛りが解けたように、ハッと央吾が動いた。
「央吾君、聞こえてた?」
「え?あ、うん。え〜っと、オッケーって事だよね?」
央吾は佐々木の顔を見る事が出来ず、キョロキョロしながら恐る恐る聞き返した。
「うん」
佐々木も再度恥ずかしそうに返答し、ちょこんと手を差し出した。
央吾はしっかり両手で佐々木の手を握り返すと、勢いよく一言、
「よろしくお願いしますっ!」
「「「おぉ〜」」」
野球部軍団と野球部側のギャラリーからは喜びの歓声があがった。
「やったじゃん、オーゴ」
「ハハハハハ、絶対フラれたと思ったけどな」
「ユージローに勝てるとこあるか?ギャハハ」
「佐々木さん、オーゴのどこが良いの?ハハハ」
「俺にも彼女紹介してぇ〜」
「おいっ、お前ら純粋に喜べよっ」
野球部側とは違い、ユージローファンたちは複雑な心境であった。
自分たちのアイドルであるユージローがフラれた…でも付き合っては欲しくなかった…彼女が出来なくて良かった…でもフラれたのは納得出来ない…
嫉妬、羨望、妬み、安堵様々な感情が入り乱れている。
「おめでとうっ」
ユージローのその真っ直ぐな声はザワザワとうるさい体育館の中でも非常に聞き取りやすい。
「ユ、ユージロー…、…」
央吾は掛ける言葉が思い浮かばない。
「ミオさん、急に申し訳なかった。しかも、こんなに大勢の前で」
「ううん」
佐々木は首を横に振った。
「オーゴもすまなかった。俺が煽った形になってしまった」
「いやいや、そんな事ねぇよ。ユージローのおかげだよ」
「バスケに勝って験担ぎをしようなどと言う考えがあまかった」
「真面目かっ」
「これからは、単純にバスケを楽しみたい。明日も試合してくれるか?」
「あぁ、もちろん。もう勝てる気しねぇけどな」
「いやいや、明日も勝てるだろ」
「明日は体育館シューズいるな」
「俺らもバッシュ買うかハハハハハ」
「エアージョーダン格好いいよなぁ〜」
「俺はアシックスだな、三井だから」
「左利きは藤真だろ」
「藤真もアシックスだよ」
野球部軍団はいつもくだらない話ばかりである。
「ヨシッ!片付けしようかっ」
ユージローが皆んなに声を掛けた。
キーーーーーン
コーーーーーン
カーーーーーン
コーーーーーン
「ヤバいっ!授業に遅れるぞっ、皆んな早く教室へっ」
「「「真面目かっ!」」」
ユージローはフラれた直後とは思えない程、劇的に普段通りだ。
ユージローファンは皆、何も変わらないユージローを見て、これからもファンであることを誓い合ったのである。




